講演情報
[教育講演2]サージカルスモークの発生機序やリスク
坪子 侑佑 (国立医薬品食品衛生研究所 医療機器部 性能評価室)
サージカルスモークは,エネルギーデバイスの使用に伴って発生する微細なエアロゾルであり,その成分には水蒸気,揮発性有機化合物(VOC),生体由来の微粒子,さらには細菌やウイルスなどが含まれることが知られている.これらは術者や周囲の医療従事者に吸入・曝露される可能性があり,呼吸器症状や慢性炎症,感染リスクとの関連が指摘されている.発生機序,粒子の性状,含有物質の種類と濃度,ならびにそれらの定量的評価に関する知見は年々蓄積されつつある.エネルギーデバイスの種類によってスモークの発生量や粒径分布,化学成分は明確に異なることが報告されており,その違いを定量的に捉える試みも進んでいる.近年では,微粒子やVOCなどを対象としたセンサや分析機器による測定により,排煙装置の使用によってそれらの濃度が有意に低下することが複数の研究で示されている.こうした測定技術の発展により,有害成分の実態把握は進展しつつあるが,得られた数値をどのように解釈し,曝露リスクや対策行動に結び付けるかについては統一的な評価指針や運用基準が未整備である.とくに本邦においては,サージカルスモークに関する公的なガイドラインは存在せず,現状では一部学会の提言や施設ごとの対応に留まっている.また,スモークの性状は,使用機器や術式だけでなく,対象となる臓器の組織特性や病原体の局在によっても大きく左右される.これらの条件を踏まえて発生量や成分を定量的に比較するには,条件を統一・制御できる評価系の整備が不可欠である.しかし,実臨床ではそうした制御が困難であり,再現性のある評価系の確立が課題である.我々はこの点に着目し,血流や拍動流などの循環条件を制御しつつ,臓器ごとの構造や病原体の分布を模擬可能な生体外実験系の構築と応用に取り組み,多様な曝露状況に対応した定量評価の高度化を目指している.本講演では,サージカルスモークに対する医工学的評価の現状と,今後のリスク可視化および対策技術への展開可能性について概説する.