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[教育講演2]臨床現場におけるサージカルスモークへの対策

河口 義邦 (東京大学大学院医学系研究科 臓器病態外科学 肝・胆・膵外科、人工臓器・移植外科)
手術関連スモークは手術中に使用する電気メス等のエネルギーデバイスから発生する煙と定義される.手術関連スモークには約95%の水分と約5%の粒子状物質(particle matter,粒子径0.01−10μm)が含まれている.粒子状物質は生存細胞,不活性物質,ウイルス,細菌,揮発性有機化合物(VolatileOrganic Compounds:VOC)などから構成されている.手術関連スモークによる医療従事者の健康被害の可能性や,手術関連スモークを介したウイルス,細菌感染の可能性が報告されてきた.手術関連スモークの対策としてサージカルマスクの着用があげられる.サージカルマスクは大きな粒子状物質を捕集するよう設計されているが,微小な粒子状物質やVOCの捕集には不十分と報告されている.医療従事者の手術関連スモーク暴露を軽減するため,様々な手術用排煙装置が開発,販売されている.しかしながら本邦での実臨床においてその普及は十分とは言えない.我々のグループは手術関連スモークとその対策に興味を持ち様々な臨床研究を推進している.そのうちのひとつとして手術用排煙装置の有用性を検証するランダム化比較試験(Kawaguchi Y, et al. J Am Coll Surg.2024)の結果を紹介する.症例は年齢,性別,体格指数の項目によるstratified randomizationにて排煙装置使用群,非使用群に振り分け,double-blindとした.サンプルサイズ検定にて,両群20例ずつ計40例を予定症例数とした.主要評価項目はアセトアルデヒドの排出量,副次評価項目はホルムアルデヒドの排出量,粒子状物質のカウント数とした.2021年6月から2022年3月までに42例が登録され,排煙装置使用群22例,非使用群20例に割り付けられた.両群の患者背景は同等であった.アセトアルデヒドは排煙装置使用群で平均(95%信頼区間)10.6(3.7−17.5)μg/m3,非使用群で47.2(19.9−74.5)μg/m3と有意に排煙装置使用群で低く(P = 0.007),排煙装置の使用により77.5%の低減を認めた.ホルムアルデヒドも同様に排煙装置使用群で72.2%の低減を認めた(P = 0.005).粒子状物質の各粒子径(0.3,0.5,1.0,5.0μm)の粒子カウント数も排煙装置使用群で有意に検出量が少なく(all, P < 0.001),排煙装置群で80.4−95.0%の低減を認めた.本邦でのサージカルスモークの有害性の認知,対策は不十分であり,手術用排煙装置の使用によりアセトアルデヒド,ホルムアルデヒドに代表されるVOC,粒子状物質の排出量を有意に低減することが示された.