講演情報
[シンポジウム12]基調講演「温故知新で南海トラフ地震に備える」
福和 伸夫 (名古屋大学 名誉教授)
大規模地震の発生が心配される中,昨年には,元日に能登半島地震が,8月8日に日向灘の地震が発生した.高齢化が進み過疎化する能登では,多数の家屋が倒壊し,上下水を始めとするライフラインが途絶する中,陸路の寸断により復旧が遅れた.医療施設や福祉施設の被害も大きく,劣悪な避難環境の中,多くの関連死が発生した.2次避難や広域避難もおこなわれたが,被災地の医療や福祉の資源不足のため,被災者の帰還が遅れ,人口減少に拍車がかかっている.これがさらに,医療・福祉環境を悪化させるという悪循環を生み出している.一方,日向灘の地震では,初めて南海トラフ地震臨時情報が発表された.今後30年間に発生する確率が80%程度と言われる南海トラフ地震は,最悪,国民の半数が被災する.能登の状況から推察すれば,関連死の数も計り知れない.被災者人口は,能登半島地震の数百倍であり,予想被災地の中には,奥能登のような孤立集落も多数存在する.限られた医療資源の中,災害医療を持続するには,医療関係者の地震防災意識の向上と,事前対策が欠かせない.災害拠点病院の中には土砂災害警戒区域や津波浸水地域,液状化地域に立地している病院も多い.ゼロメートル地帯では長期湛水するため,入院患者を守るための籠城が必要となる.耐震性が不足し,病院内の対策が不十分な病院も多数認められる.医療従事者が参集するには,自宅の耐震性に加え,交通機関が健全であることが前提となる.病院の機能維持には,建物の健全性に加え,ライフライン,医療機器,医薬品,医療材料,医療ガス,リネン,血液,食事などが不可欠である.同様に,医療に不可欠な医療機器の生産・メンテナンスには,サプライチェーンを構成する全ての組織が事業継続し,さらに,ライフライン,従業員,情報通信,物流が健全である必要がある.医療機器をコントロールするPCや電源の維持も必要となる.本気の事前防災が望まれる.