講演情報

[特別講演1]スマート手術室-開発と今後の展望

村垣 善浩 (神戸大学大学院医学研究科医療創成工学)
麻酔,手術や侵襲的治療は様々な医療・機器開発で進歩してきた.さらに顕微鏡や内視鏡,止血デバイス,血管内治療デバイス,そして術中画像やナビ,手術ロボット等の様々な医療機器の実用化により,術式が大きく変更となった疾患もある.一方,手術室は滅菌手技をおこなう単なる空間であったが,我々は他社間製品をネットワーク接続し,それ自体が一つの医療機器として診断即治療をおこなうスマート治療室Smart CyberOperating Theater(SCOT)を開発した.将来手術室は,血管内治療やIVRを含め全ての侵襲的手技をおこなう場となることを目指して“治療室”と名付けた.SCOTはこれまで4つステップで4タイプを実用化してきた.端緒は,境界不明瞭な悪性脳腫瘍である神経膠腫の残存を術中MRIで同定することから始まった.術中MRI撮影のため,MRI対応の手術台や麻酔器やモニタリング装置そして手術用顕微鏡をパッケージ化するとともに,これまでアナログあるいは非構造データの生体信号をできる限りデジタル化し(DX)意思決定を支援する情報誘導手術を開発した.これをおこなうClassic SCOT(東京女子医科大学)において脳神経外科中心に2,023例を施行,神経膠腫の平均摘出率90%,1ヶ月以内の術後死亡率0.05%(論文報告では3%)を得た.そして日本医療機器研究開発機構(AMED)の支援により,最先端機器をパッケージ化したBasic SCOTを広島大学に導入,てんかんや骨腫瘍や肝がん等にも応用した.そして産業用のミドルウェアを応用し(OpeLiNK),20以上の医療機器をネットワーク化したStandard SCOTを信州大学に導入した.世界初のIoT (Internet of Things:もののインターネット化)手術室であり,脳神経外科中心に臨床研究をおこなっている.そこでは時間同期されたデータが手術ナビゲーションの位置データとタグ付けされ生体モニタとともに多種データが戦略デスクと呼ばれるアプリ上に表示される.手術外のスタッフ居室やスマホ端末で閲覧でき上級医が出張中の緊急手術で戦略デスクから遠隔手術指導をおこなった事例もある.また,SCOTが病院を飛び出し5Gモバイル通信により医局からの支援を受けつつ災害救急現場で活躍するためのモバイル型(Mobile SCOT)も開発中である.さらに,第3のステップであるAI化を目指したhyper SCOTを東京女子医科大学に導入した.神経膠腫の術前遺伝子診断や術前類似症例検索や術中Brain shift (髄液漏出による脳の沈下)予測等の研究をおこない,AIによる3D手術シミュレーション画像は術前検討のみならず術中ナビゲーションに重畳表示し実際の摘出に利用した.今後の展望として上記のモバイル化とロボット化の実現を目指しており,本格的な国産手術ロボットであるhinotoriⓇとスマート治療室を組み合わせた新しいSCOTを神戸大学に設置予定である.これにより,外科医の新しい目となる術中MRIやナビゲーション等の解剖学的情報や神経機能を含めた生体情報や病理学的情報のデジタル化,外科医の新しい脳となる情報を統合表示する戦略デスクやAI解析とともに,外科医の新しい手がロボット導入によりデジタル化され,入力‐ 解析‐出力のすべてのステップがDXされる世界初の手術が可能となる.さらには,質の高いデータが蓄積すれば,手術・麻酔の自動化や自律化(AI化)が部分的に実現できると考える.すなわち,スマート治療室は,IoT・AI技術を統合し,時間同期したデータ活用や自動化・自律化を通じて,手術の効果向上と患者のリスク低減の両立を目指す一つの医療機器となる,と考える.