講演情報
[EL2-1]医療機器開発先駆者が残した哲学と生き方
金平 永二 (メディカルトピア草加病院 外科)
ドイツ人外科医Gerhard Buess(1948-2010)は,1981年に実態顕微鏡を組み込んだ手術用直腸鏡をRichard Wolf社の協力のもと開発し,これを駆使した手術(TEM)により多くの直腸腫瘍患者を永久人工肛門という悲劇から救うことに成功しました.TEMは世界中に普及し各国で同じ疾患に苦しむ患者の肛門温存に貢献し続けています.本講演ではG Buessの指導を直接受けた演者が,彼から学んだテクニカルなことのほか,それを支えていたであろう彼の哲学・生き方についてお伝えします.
外科分野における1990年代はその後の爆発的機器開発革命の幕開けともいえる時期でした.しかしその10年前年に,すでにその産声は上がっていました.G Buessが経肛門的内視鏡下マイクロサージェリー(TEM)を開発したのは,1981年でした.内視鏡の能力と専用に開発された細長い手術器具を組み合わせることで,従来なかったコンセプトと画期的技術革新をもって完TEMのデバイスは開発されました.
TEMは1985年から開始された腹腔鏡手術に大きな影響を与えた機器開発と位置付けられます.
TEMでは病変を一般的なアプローチのように臓器の外から切除するのではなく,内腔側から切除しますので,管腔臓器内内視鏡手術の先駆的手術テクニックとも言えます.さらに言えば,TEMは2008年前後から日本でも注目を浴びている,単孔式内視鏡手術の原型ともいえます.このようにTEMは後に続く多様な革新的手術方法の産みの親ともいえるのです.
G BuessはしかしTEMは飽くまでも手段にすぎないと何度も主張しました.患者さんの肛門を温存するために,日常生活の延長にあった従来の外科手術にはない要素が要求されたことから,必然性をもって新たな手段が開発されたとしています.この彼の言葉には外科医としての大切なメッセージが含まれていますし,それはこのような手術機器開発のときの動機を裏打ちする重要な哲学であると考えています.
時代は流れ,テクノロジーは加速度的に進化を続けています.Da Vinciに代表されるような手術支援ロボット(手術用多関節マニピュレーター)の登場により,40年前に生み出された内視鏡外科手術にはなかった革新的な技術が導入されました.さらにAIを駆使したナビゲーションやモーションサポートも導入されつつあります.このような劇的な変化が渦巻く現在,この現象をどう捉え,どのような哲学でこれらと向き合っていくべきか,彼がすでに40年前に発信したメッセージには,答えが含まれているように思います.彼が見つめていたものを振り返りながら,彼の外科医・医療機器開発先駆者としての生涯をお伝えしたいと思います.
外科分野における1990年代はその後の爆発的機器開発革命の幕開けともいえる時期でした.しかしその10年前年に,すでにその産声は上がっていました.G Buessが経肛門的内視鏡下マイクロサージェリー(TEM)を開発したのは,1981年でした.内視鏡の能力と専用に開発された細長い手術器具を組み合わせることで,従来なかったコンセプトと画期的技術革新をもって完TEMのデバイスは開発されました.
TEMは1985年から開始された腹腔鏡手術に大きな影響を与えた機器開発と位置付けられます.
TEMでは病変を一般的なアプローチのように臓器の外から切除するのではなく,内腔側から切除しますので,管腔臓器内内視鏡手術の先駆的手術テクニックとも言えます.さらに言えば,TEMは2008年前後から日本でも注目を浴びている,単孔式内視鏡手術の原型ともいえます.このようにTEMは後に続く多様な革新的手術方法の産みの親ともいえるのです.
G BuessはしかしTEMは飽くまでも手段にすぎないと何度も主張しました.患者さんの肛門を温存するために,日常生活の延長にあった従来の外科手術にはない要素が要求されたことから,必然性をもって新たな手段が開発されたとしています.この彼の言葉には外科医としての大切なメッセージが含まれていますし,それはこのような手術機器開発のときの動機を裏打ちする重要な哲学であると考えています.
時代は流れ,テクノロジーは加速度的に進化を続けています.Da Vinciに代表されるような手術支援ロボット(手術用多関節マニピュレーター)の登場により,40年前に生み出された内視鏡外科手術にはなかった革新的な技術が導入されました.さらにAIを駆使したナビゲーションやモーションサポートも導入されつつあります.このような劇的な変化が渦巻く現在,この現象をどう捉え,どのような哲学でこれらと向き合っていくべきか,彼がすでに40年前に発信したメッセージには,答えが含まれているように思います.彼が見つめていたものを振り返りながら,彼の外科医・医療機器開発先駆者としての生涯をお伝えしたいと思います.
