講演情報
[KS-01]“脳のなかの行為”のリハビリテーション
「予測する脳」、運動イメージから行為イメージへ
*宮本 省三1 (1. 高知医療学院)
行為(action)は「感覚入力➡ブラック・ボックス(脳)➡運動出力」ではなく、「感覚入力➡認知過程(行為のシミュレーション)➡運動出力」によって創発されている。
「行為のシミュレーション(simulation of action)」とは「脳のなかの行為(行為の心的想起による事前練習)」である。すなわち、行為を脳内で模擬的、リハーサル的、模倣的、仮想的にイメージ練習することである。いわばメタバース(仮想空間)での行為である。
あらゆる行為は「脳内シミュレーション」されている。熟練した行為は無意識的に自動化されているとする考え方もあるが、運動学習では行為のシミュレーションが反復され、意識的に予測と結果が一致する確率を高めようとしている。
それは行為のメンタル・プラクティス、心的リハーサル、運動イメージ、動作イメージ、行為イメージ、行為のエピソード記憶、他者模倣、道具使用などの想起である。また、行為に伴う「感覚・知覚・認知(自己の運動感覚、物体の空間性や接触性、結果の知識、感情、言語、記憶、クオリア)」などの想起でもある。
行為のシミュレーションでは関節運動や筋収縮を伴う実際の行為はしていない。しかし、「脳のなかの身体」の空間的、接触的な「知覚イメージ」や運動プログラム(運動イメージ)は活性化されており、実際の行為と行為のシミュレーションの脳活動(頭頂葉、前頭葉の補足運動野と運動前野、視床、小脳、島など)には「機能的等価性」があるとされている。
セラピストが行為の回復を運動学習と捉えるならば、リハビリテーション治療(運動療法)における行為(日常生活動作や運動スキルの指導)、動作(姿勢の調節と移動)、知覚運動タスクの練習(訓練)のすべての局面で行為のシミュレーションを試みる必要がある。行為のシミュレーションなしで運動学習は生じない。したがって、セラピストは行為のシミュレーションを導入しないリハビリテーション治療とは決別すべきである。
特に、認知神経リハビリテーション(認知運動療法)では上肢、体幹、下肢への知覚運動タスク(認知問題-知覚仮説-解答)が基本であり、その知覚仮説(予測や予期)は運動イメージの想起に相当する。また、近年の「行為間比較」では知覚仮説と行為のエピソード記憶の比較を求める。これは運動イメージから行為イメージへのパラダイム転換を意味する。
しかしながら、行為を創発する行為のシミュレーションを想起させることは簡単ではない。なぜなら、Perfettiは行為を「意図(予測と予期)の想起から結果の確認まで」と定義しており、その意味では行為、動作、知覚運動タスクもすべて行為であるものの、身体の「運動の自由度」が無限であるように、予測や予期も無限だからである。「脳表象(イメージ)の自由度」も「行為のシミュレーションの自由度」も多種多様なのである。
一体、患者は何を予測や予期して、どのようにイメージして、行為のシミュレーションを想起すれば回復するのだろうか。その脳表象をセラピストが行為の病態に応じて変化させるにはどうすればよいのだろうか。この運動学習の核心的な問題が解明されないまま行為の反復練習によるリハビリテーション治療がつづいている。行為の反復練習によって運動学習が生じることもあるが、運動麻痺があれば行為の反復練習は困難である。その行為は異常な運動パターンや代償動作に留まってしまう。セラピストは、この運動学習の壁を行為のシミュレーションの臨床導入によって乗り越える必要がある。しかし、現状では乗り越えていない。その理由は行為のシミュレーションにおける患者の意識の志向性(意識作用と意識内容)が不明確だからである。
それでも近年の脳科学や認知神経科学は「予測する脳」にターゲットを絞り、行為のシミュレーションの脳内メカニズム(内部モデル)や神経ネットワークの解明に挑戦している。それに関連する「視点(パースペクティブ)」を思いつくままに記すと約50のキーワードを挙げることができる(図1,実際にはもっとあるだろう)。
たとえば、新しいキーワードとして「エンボディメント」、「運動主体感」、「ラバー・ハンド錯覚」、「プロジェクション」、「能動的推論(自由エネルギー原理)」、「認知フィーリング」、「メンタル・タイム・トラベル」、「神経再利用」、「物語自己」、「アファンタジア」などが注目されている。一方、「ホムンクルス」、「身体スキーマ」、「ミラー・ニューロン」、「多感覚統合」などの古いキーワードについても新たな知見が提案されている。
認知神経リハビリテーションに取り組むセラピストに求めたいのは、患者の脳画像(損傷部位)や病態(運動障害、感覚障害、高次脳機能障害、個人の意識経験)の分析を前提とした上で、これらすべての「キーワード」と「訓練」(つまり基礎と臨床)を結びつけることである。どのキーワードが訓練のどの局面と結びつくのか、どのような理由で結びつくのか、結びつけがなぜ行為の回復を促すのかといった問いは、セラピストの認知過程と想像力を活性化させるはずである。
その論議によって行為の回復(運動学習)を実現する「脳の予測メカニズム」の精度が飛躍的に向上し、さらに患者の一人称の意識経験や経験の言語との接点を発見してゆくことで、行為のシミュレーションの「臨床を研ぎ澄ます」ことができるはずである。
今回の基調講演では、「行為のシミュレーションとは何か」を概説した上で、「ホムンクルス(第一次体性感覚野)の身体シミュレーション仮説(Brecht M:The Body Model Theory of Somatosensory Cortex,2017)」を紹介して訓練の可能性を探求する。第一次体性感覚野では身体をアニメーション化した「行為イメージ(キネステーゼ:私は~することができる)」を想起している可能性がある。また、第一次体性感覚野は行為のシミュレーションにおいて最も「神経再利用(ニューラル・リユース)」されている。
その後の「行為のシミュレーションを深化する」では、約50のキーワードの中から学会長と準備委員長と論議して選択した①センス・オブ・エージェンシー(運動主体感)、②バインディング(結びつけ問題)、③マルチ・センソリー・インテグレーション(多感覚統合)、④キネステーゼ・アナロゴン(学習の転移)、⑤アフォーダンス、⑥イミテーション(模倣)、⑦プロジェクション(投射)、⑧エピソード・メモリー、⑨アテンションの「9つのキーワード」と「訓練」の結びつけを症例検討する。そして、優れた臨床家たちのシンポジウムを経て、最後の特別講演「ロボットは未来の夢を見るか?」で、人間とロボットの行為のシミュレーションの差異と類似を知ることになるだろう。
行為のシミュレーションは想像力(イマジネーション)である。人間の想像力は無限である。人間の脳の最大の特徴は、一つの言葉(キーワード)から無限の想像力が生まれることにある。サルトルによれば想像力は意識であり、「非存在の対象を心的想起する意識(類似的代理物,アナロゴン)」であり、それは「予測する脳」である。セラピストの想像力によって「リハビリテーションの未来」を創造したい。
「行為のシミュレーション(simulation of action)」とは「脳のなかの行為(行為の心的想起による事前練習)」である。すなわち、行為を脳内で模擬的、リハーサル的、模倣的、仮想的にイメージ練習することである。いわばメタバース(仮想空間)での行為である。
あらゆる行為は「脳内シミュレーション」されている。熟練した行為は無意識的に自動化されているとする考え方もあるが、運動学習では行為のシミュレーションが反復され、意識的に予測と結果が一致する確率を高めようとしている。
それは行為のメンタル・プラクティス、心的リハーサル、運動イメージ、動作イメージ、行為イメージ、行為のエピソード記憶、他者模倣、道具使用などの想起である。また、行為に伴う「感覚・知覚・認知(自己の運動感覚、物体の空間性や接触性、結果の知識、感情、言語、記憶、クオリア)」などの想起でもある。
行為のシミュレーションでは関節運動や筋収縮を伴う実際の行為はしていない。しかし、「脳のなかの身体」の空間的、接触的な「知覚イメージ」や運動プログラム(運動イメージ)は活性化されており、実際の行為と行為のシミュレーションの脳活動(頭頂葉、前頭葉の補足運動野と運動前野、視床、小脳、島など)には「機能的等価性」があるとされている。
セラピストが行為の回復を運動学習と捉えるならば、リハビリテーション治療(運動療法)における行為(日常生活動作や運動スキルの指導)、動作(姿勢の調節と移動)、知覚運動タスクの練習(訓練)のすべての局面で行為のシミュレーションを試みる必要がある。行為のシミュレーションなしで運動学習は生じない。したがって、セラピストは行為のシミュレーションを導入しないリハビリテーション治療とは決別すべきである。
特に、認知神経リハビリテーション(認知運動療法)では上肢、体幹、下肢への知覚運動タスク(認知問題-知覚仮説-解答)が基本であり、その知覚仮説(予測や予期)は運動イメージの想起に相当する。また、近年の「行為間比較」では知覚仮説と行為のエピソード記憶の比較を求める。これは運動イメージから行為イメージへのパラダイム転換を意味する。
しかしながら、行為を創発する行為のシミュレーションを想起させることは簡単ではない。なぜなら、Perfettiは行為を「意図(予測と予期)の想起から結果の確認まで」と定義しており、その意味では行為、動作、知覚運動タスクもすべて行為であるものの、身体の「運動の自由度」が無限であるように、予測や予期も無限だからである。「脳表象(イメージ)の自由度」も「行為のシミュレーションの自由度」も多種多様なのである。
一体、患者は何を予測や予期して、どのようにイメージして、行為のシミュレーションを想起すれば回復するのだろうか。その脳表象をセラピストが行為の病態に応じて変化させるにはどうすればよいのだろうか。この運動学習の核心的な問題が解明されないまま行為の反復練習によるリハビリテーション治療がつづいている。行為の反復練習によって運動学習が生じることもあるが、運動麻痺があれば行為の反復練習は困難である。その行為は異常な運動パターンや代償動作に留まってしまう。セラピストは、この運動学習の壁を行為のシミュレーションの臨床導入によって乗り越える必要がある。しかし、現状では乗り越えていない。その理由は行為のシミュレーションにおける患者の意識の志向性(意識作用と意識内容)が不明確だからである。
それでも近年の脳科学や認知神経科学は「予測する脳」にターゲットを絞り、行為のシミュレーションの脳内メカニズム(内部モデル)や神経ネットワークの解明に挑戦している。それに関連する「視点(パースペクティブ)」を思いつくままに記すと約50のキーワードを挙げることができる(図1,実際にはもっとあるだろう)。
たとえば、新しいキーワードとして「エンボディメント」、「運動主体感」、「ラバー・ハンド錯覚」、「プロジェクション」、「能動的推論(自由エネルギー原理)」、「認知フィーリング」、「メンタル・タイム・トラベル」、「神経再利用」、「物語自己」、「アファンタジア」などが注目されている。一方、「ホムンクルス」、「身体スキーマ」、「ミラー・ニューロン」、「多感覚統合」などの古いキーワードについても新たな知見が提案されている。
認知神経リハビリテーションに取り組むセラピストに求めたいのは、患者の脳画像(損傷部位)や病態(運動障害、感覚障害、高次脳機能障害、個人の意識経験)の分析を前提とした上で、これらすべての「キーワード」と「訓練」(つまり基礎と臨床)を結びつけることである。どのキーワードが訓練のどの局面と結びつくのか、どのような理由で結びつくのか、結びつけがなぜ行為の回復を促すのかといった問いは、セラピストの認知過程と想像力を活性化させるはずである。
その論議によって行為の回復(運動学習)を実現する「脳の予測メカニズム」の精度が飛躍的に向上し、さらに患者の一人称の意識経験や経験の言語との接点を発見してゆくことで、行為のシミュレーションの「臨床を研ぎ澄ます」ことができるはずである。
今回の基調講演では、「行為のシミュレーションとは何か」を概説した上で、「ホムンクルス(第一次体性感覚野)の身体シミュレーション仮説(Brecht M:The Body Model Theory of Somatosensory Cortex,2017)」を紹介して訓練の可能性を探求する。第一次体性感覚野では身体をアニメーション化した「行為イメージ(キネステーゼ:私は~することができる)」を想起している可能性がある。また、第一次体性感覚野は行為のシミュレーションにおいて最も「神経再利用(ニューラル・リユース)」されている。
その後の「行為のシミュレーションを深化する」では、約50のキーワードの中から学会長と準備委員長と論議して選択した①センス・オブ・エージェンシー(運動主体感)、②バインディング(結びつけ問題)、③マルチ・センソリー・インテグレーション(多感覚統合)、④キネステーゼ・アナロゴン(学習の転移)、⑤アフォーダンス、⑥イミテーション(模倣)、⑦プロジェクション(投射)、⑧エピソード・メモリー、⑨アテンションの「9つのキーワード」と「訓練」の結びつけを症例検討する。そして、優れた臨床家たちのシンポジウムを経て、最後の特別講演「ロボットは未来の夢を見るか?」で、人間とロボットの行為のシミュレーションの差異と類似を知ることになるだろう。
行為のシミュレーションは想像力(イマジネーション)である。人間の想像力は無限である。人間の脳の最大の特徴は、一つの言葉(キーワード)から無限の想像力が生まれることにある。サルトルによれば想像力は意識であり、「非存在の対象を心的想起する意識(類似的代理物,アナロゴン)」であり、それは「予測する脳」である。セラピストの想像力によって「リハビリテーションの未来」を創造したい。