講演情報

[PL-01]回復を紡ぐ

*沖田 学1 (1. 愛宕病院)
 私は理学療法士である。私の臨床は、障害をもつ個人の行為に対して運動学習を通じて回復を紡いでいる。私たちが紡いでいる回復は、運動の回復ではなく個人の行為そのものである。

 従来のリハビリテーションの臨床では、とにかく歩き、箸を持ち、話すといった動くことが目標であった。しかし、そこでは人間の動きの持つ自由や創造性といった価値が見落とされていた(Perfetti,2012)。我々の目標は、単に身体機能を回復させるだけでなく、自分らしい生活を送るための、自由で創造的な行為の創発である。

 人間が環境と豊かな関係を築くためには、行為者の意図に基づいた自由な身体運動が不可欠である。この身体運動には“運動、動作、行為”の階層構造が存在し(Rizzolatti , 2014)、それぞれに異なる自由がある。“運動”には固有の機能があり、それらが組み合わさることで構成要素という“動作”が形成される。さらに、構成要素が集まることで“行為の機能システム”が成立する。Perfetti(2016)は、このような階層的な動きは単なる動きではなく、情報が構築される過程であると指摘した。この「行為」の生成過程こそが、リハビリテーションの重要な目標となる。真の回復は、単に動作を再現するだけでなく、他者の行動を理解し、自身の行動を計画するなど、より高次の認知機能を伴う「行為」の回復であると言える。そのため、リハビリテーションにおいては、単に動作を練習するだけでなく、行為を生み出すための“準備状態”を段階的に構築することが重要となる。これは認知的な準備であり、感覚情報処理、運動計画など様々な要素から構成される。

 運動性の失行症のように、運動の予測や体性感覚を利用した身体や運動のイメージが困難なために運動把握ができず、動作学習が妨げられる。身体を失認している患者では、身体で環境を認知できないために予測誤差を修正できない。そのために身体記憶を更新できずに身体の現状を把握できなくなり、「左右(体)は関係ない,普通だ」と身体が暴走してしまう。運動麻痺や感覚麻痺になった患者は予測情報を比較できないために身体を制御できず過剰に運動を出力してしまう。これらの現象は、行為を生み出す準備状態が不十分であり自由な行為を創発できないことを示唆している。

 行為の自由を獲得するためには、多感覚に基づいた運動的把握が必要である。これは、過去の経験や自己認識が深く関わっており(Narrative self)、人それぞれに異なる身体感覚や運動パターンを生み出す。例えば、都会で暮らしていれば、歩幅が大きく、速い歩行を習慣化する。このように、“私の行為”は、個人の歴史や経験によって形作られる独特のものである。

 行為のシミュレーションは、“私の”身体感覚を基盤として行われる。このシミュレーションは、視覚、聴覚、触覚など、多様な感覚情報を統合し、身体の動きを予測する複雑なプロセスである。これには、身体記憶(Body memory)と呼ばれる、過去の経験が蓄積された記憶が、新たな運動の計画や実行に重要な役割を果たす。Riva(2018)は、身体記憶が単なる身体的なイメージだけでなく、感情や認知的な要素も包含して密接に結びついた表象であるとした。行為のシミュレーションには“私の行為”を回復させる可能性がある。この時間ではこの可能性を症例から明示したい。