講演情報

[SaL-04]足とキネステーゼ・アナロゴン

*金森 宏1 (1. みなみ野病院)
ルネ・マグリットの作品「赤いモデル(Le Modèle Rouge)」では,足と靴が一体化し,物体の外観が変化する瞬間が描かれており,これは視覚に混乱をもたらすだけでなく,現実が知覚を通してどのように変化するかを象徴的に表現している.こうした知覚の揺らぎは,現実そのものが感覚の認識によっていかに変容するかを強調している.この作品の象徴性は,脳損傷患者が失ったキネステーゼを取り戻すために,セラピストがどのようにキネステーゼ・アナロゴンを描き出すべきかを考えるモチーフとなり得る.
 キネステーゼ(kinästhese)は,ギリシャ語で「運動」を意味する「kinesis」と「感覚」を意味する「aisthesis」から派生した造語であり,フッサールによって提唱された概念である.アイステーシス(aisthesis)は感覚から感情までを含む広義の「知覚」を意味する言葉であり,同時に「感性」を意味する言葉でもあった.「美学(Aesthetics)」という言葉は,アイステーシスに関する認識,つまりは「感性の認識」を意味する語としてつくられたが,それはまた「知覚の学」をも意味していた1).谷はキネステーゼについて「対象の運動についての感覚ということではなく,私は動くという感覚についての意識」であると述べている2).脳損傷患者の場合,世界と身体の意味づけが混乱し,メルロ=ポンティが指摘する「平板化」の現象がキネステーゼにおいても生じる.平板化したキネステーゼの体系を拡大するためには,患者が目的とする動作に近づくためのキネステーゼ・アナロゴンをもたなければならない.
 認知神経リハビリテーションでは,足のキネステーゼは特に歩行の回復において重要な役割を果たす.セラピストは患者のキネステーゼを観察し,患者が自らの身体感覚を再び認識し,運動を再学習するための適切なキネステーゼ・アナロゴンを提供することが求められる.ここで,セラピストによって提供されるキネステーゼ・アナロゴンは,マルローの言う「世界を再び創造する手段」として患者にとって重要な意味を持ち,患者が失った身体感覚を取り戻し,世界との新たな関係を構築する助けとなる.マグリットの「赤いモデル」にあるのは単なる足や靴ではないことは明白であり,私たちセラピストはどのようなキネステーゼ・アナロゴンを患者に描くことができるか考察したい.

※アナロゴンとは運動想像力に基づいて,まだやったことのない新しい運動を表象したり,投企(運動投企)しようとするときに,そのための素材として役立てられる類似例3)
三浦佳世ら,知覚と感性.日本心理学会大会発表論文集.2006,70巻谷徹,意識の自然.勁草書房.2004金子ら,教師のための運動学.大修館書店.1996

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