講演情報
[CD-07]当たり前の視点に至るまでの臨床思考
*浅野 大喜1 (1. 日本バプテスト病院)
臨床現場において、肢体不自由にせよ発達障害にせよ日常生活に何らかの困難さを抱える子どもたちを前にし、セラピストが観察や評価を試みるとき、その観察時点の状態を客観的に評価、記述するのはもちろんのこと、これまでどのような環境で、どのような経験を積んで、現在の状態になっているのかを考えることは非常に重要だろう。特に出生からの数年間は、周りの環境や他者からの影響を受けやすく、その環境に適応するように後の行動が形成されている場合が多い。つまり、今見えている現在の状態というのは、子どもが抱えている身体的、認知的な難しさと現在の環境との相互作用の結果として表れているだけでなく、過去の経験によって強固に形成された行動が、通常であれば様々な環境との相互作用によって起こるはずの柔軟な行動変容を妨げてしまっていると捉えることもできる。この場合、今現在見えている子どもの状態や行動の観察と家族へのさまざまな問診から、子どもの経験という第三者からは見えない部分を観ようと努めることが重要となる。その際、特に難しいのは、大人の視点から考えた子どもの経験ではなく、可能な限り発達途上である子どもの視点からみた子どもの経験に迫ることである。そのためには、自分たちの当たり前の視点を抑制して、その子どもにとっての当たり前について想像力を働かせて理解する必要がある。
今回のクリニカルディスカッション③「小児疾患の見えない病態を観る」では、対象が発達途上の子どもの場合の「見えないものを観ようとする」臨床思考について、各セラピストが今現在直面し考えていることを中心にお話いただき、様々な意見交換ができればと考えている。
今回のクリニカルディスカッション③「小児疾患の見えない病態を観る」では、対象が発達途上の子どもの場合の「見えないものを観ようとする」臨床思考について、各セラピストが今現在直面し考えていることを中心にお話いただき、様々な意見交換ができればと考えている。
