講演情報

[P4-06]心的時間測定と実動作に乖離を認めた症例に対する介入報告
-PCのキーボードを提示するのみで筋緊張が亢進した一例-

*中谷 有里1、石橋 凜太郎1、市村 幸盛1 (1. 村田病院)
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【はじめに】
心的時間測定は,課題の遂行時間を主観的に予測する方法であり,運動イメージの妥当性を反映するとされている(Collet,2011).今回タイピング時の筋緊張の制御を図ったが,誤った運動イメージにより介入に難渋した例について報告する.

【症例紹介】
左被殻出血により右片麻痺を呈した60歳代右利き男性.タイピング動作の改善を目標とした.発症136日後の身体機能は,右BRS上肢Ⅴ手指Ⅴ,感覚は表在深部共に中等度鈍麻,MASは手指屈曲伸展1,FMAは56点,ARATは39点だった.キーボードを提示するのみで「戦闘態勢に入ってきた」と手指の筋緊張が亢進し,打鍵時には「キーを押した感じでわかる」と記述した.約130字のランダムな文章の打鍵率は95%,時間は128秒,主観的な達成度は30点であった.タイピングの運動イメージは,病前の動作は「自由自在な感じ」と語った.心的時間測定は,予測15秒に対し実動作43秒と乖離があった.またキーボードを印刷した紙面上で,他動的にキーの中心からずれた位置に動かしたところ,「これだと変な方に動かされてるのがわかる」と記述し,一時的に筋緊張が軽減した.

【病態解釈と介入】
道具を見ると筋緊張が亢進する所見や心的時間測定の乖離から,症例は病前の熟練した動作の運動イメージが先行しやすく,発症後の身体に応じた適切な予測形成が困難と考えられた.紙面上で筋緊張が軽減したのは,実際の道具では“押す”という圧覚に基づいた動作のアフォーダンスを伴う(Gibson,1979)が,紙面ではそれが減弱し,位置覚に基づいた新たな運動イメージの再構築が促された可能性がある.そこで,紙面上で一指ずつ手指の位置覚識別課題を自動運動へ段階付けながら,実動作訓練も併せて60分/日,7日間行った.

【結果】
発症144日後の身体機能は,FMAは57点,ARATは42点となり,その他は変化を認めなかった.心的時間測定は予測12秒に対し,実動作28秒と乖離が軽減した.打鍵率は99%,時間は88秒,達成度は60点であった.

【考察】
運動イメージが筋興奮性に及ぼす影響は筋緊張状態に依存する(Mahshid,2015)とされており,本例は病前のイメージが先行することで現状の身体との乖離が生じ,筋緊張が亢進していた可能性が考えられた.

【倫理的配慮】
発表に関して症例に口頭で説明し同意を得た.