講演情報
[SL-01]見えない「言語の本質」を観る 〜記号接地問題とアブダクション推論〜
*今井 むつみ1,2 (1. 慶應義塾大学名誉教授、2. 今井むつみ教育研究所代表)
子どもはどのように抽象的な記号の体系である言語を身体の一部にし、コミュニケーションの道具、思考の道具にしているのだろうか?認知科学者のSteven Harnadは、最初の語彙は身体に紐づけられていなければならないとし、「記号接地」の重要性を主張した。身体をもたないAIは外界の対象を指し示す記号(ことば)を感覚に接地することができず、別の記号で定義づけるだけで、記号の本当の意味は理解することができず、言語の海を単語から単語へ漂流し続けるようなものである、というのが「記号接地問題」の骨子である。
人間の子どもは、言葉を覚えるときにまず、ことばを感覚に接地させる。「ミルク」「パン」などのことばは、定義を覚えるのではなく、五感全てを使って対象を経験し、ことばと紐づけます。しかし、そこから推論の連鎖によって、一つの対象についての経験を拡張し、その単語を適用できる対象の範囲を推論する。範囲を決めることは、同じ領域のことばすべてと当該のことばとの境界を定めることに他ならない。つまり、個々の単語を超えて語彙を大局的に捉え、それぞれの単語を全体の中に位置づけ、他の単語と関係づける。こうして子どもは単語の「意味」を発見していく。
このような言語習得のしかたの背後には、アブダクション推論という思考形態がある。科学者は直接観察できないメカニズムや因果関係を、自分のもつ知識を使い、もっとも蓋然性の高い可能性を吟味した上で仮説を考える推論する。これがアブダクション(別名「仮説形成推論」)である。他方、言語を習得する子どももまた、単語を外界の対象に接地させ、語彙全体の中に位置づけ、他の単語たちと関連づけながら語彙の体系を構築していく。この過程はまさにアブダクションであり、科学者が行っている知的活動と本質的に同じなのである。
抽象的な意味をもつ記号の体系として、言語は身体との直接のつながりがない抽象的な意味をもつ多くの単語を語彙に含む。身体につながる語を子供はどのように接地させるのか。そして子供はどのように身体から離れて抽象的な意味を習得していくのか。本講演ではその道筋をたどり、それを可能にする生物学的及び認知的基盤について議論する。
人間の子どもは、言葉を覚えるときにまず、ことばを感覚に接地させる。「ミルク」「パン」などのことばは、定義を覚えるのではなく、五感全てを使って対象を経験し、ことばと紐づけます。しかし、そこから推論の連鎖によって、一つの対象についての経験を拡張し、その単語を適用できる対象の範囲を推論する。範囲を決めることは、同じ領域のことばすべてと当該のことばとの境界を定めることに他ならない。つまり、個々の単語を超えて語彙を大局的に捉え、それぞれの単語を全体の中に位置づけ、他の単語と関係づける。こうして子どもは単語の「意味」を発見していく。
このような言語習得のしかたの背後には、アブダクション推論という思考形態がある。科学者は直接観察できないメカニズムや因果関係を、自分のもつ知識を使い、もっとも蓋然性の高い可能性を吟味した上で仮説を考える推論する。これがアブダクション(別名「仮説形成推論」)である。他方、言語を習得する子どももまた、単語を外界の対象に接地させ、語彙全体の中に位置づけ、他の単語たちと関連づけながら語彙の体系を構築していく。この過程はまさにアブダクションであり、科学者が行っている知的活動と本質的に同じなのである。
抽象的な意味をもつ記号の体系として、言語は身体との直接のつながりがない抽象的な意味をもつ多くの単語を語彙に含む。身体につながる語を子供はどのように接地させるのか。そして子供はどのように身体から離れて抽象的な意味を習得していくのか。本講演ではその道筋をたどり、それを可能にする生物学的及び認知的基盤について議論する。
