講演情報

[SL-02]内受容感覚・感情・意思決定

*大平 英樹1 (1. 名古屋大学)
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近年、脳を理解するための統合的な理論枠組みとして、予測的処理(predictive processing)や自由エネルギー原理(free energy principle)が注目を集めている。これらは、脳を、感覚入力を予測し誤差を最小化する推論機械として捉え、それを認知・行動・感情を貫く基本原理として提示するものである。本講演では、この枠組みを内受容感覚(interoception)に適用し、そこから感情と意思決定のメカニズムを考える。
内受容感覚は内臓、体液、ホルモンなどの身体内部状態の知覚であり、生体の恒常性維持と不可分である。予測符号化の観点からは、内受容感覚は単なる受動的な感覚ではなく、身体状態を予測し、恒常性を保つための制御過程として位置づけられる。すなわち、脳は外界の事象と同様に身体内部の変動をも予測し、その誤差を最小化することで、効率的にエネルギーを配分して適応的に生きることを可能にしている。この「恒常性強化学習」の枠組みでは、感情は内受容的予測の誤差に基づく調整信号としてとらえられる。すなわち感情とは、脳が、身体状態が望ましい状態であるか、より望ましい状態に近づけられるか、を評価する推論が意識化されたものであると考えられる。
さらに、この理論的枠組みは意思決定にも拡張される。従来の意思決定理論が外界の報酬やその確率に焦点を当ててきたのに対し、内受容的予測は生体を最適に保つという根源的な価値基準に基づく。すなわち、意思決定は外的知覚と身体内部状態を統合しつつ、将来の身体状態の予測誤差を最小化するために最適な行為を選択する過程として考えることができる。この観点からは、一見不合理な感情的で直感的な選択も、内受容感覚に根ざした合理性を持つ行為であると理解できる。
運動や認知のリハビリテーションにおいても、この観点は重要な示唆を与えると考えられる。運動制御は外界の予測だけでなく内受容的予測とも結びついており、実際に姿勢や呼吸の調整は感情や意思決定に影響する。また、内受容感覚の歪みは注意や記憶の障害を引き起こす。したがって、内受容的予測を調整する介入は、運動・認知機能の回復にも寄与する可能性があると考えられる。
本講演では、内受容感覚の予測的処理という観点から感情と意思決定について考察し、この考え方を支持する実証的知見を紹介する。さらにリハビリテーションへの応用への示唆についても考えたい。