講演情報
[スポーツ文化-A-03]小野勝次のスポーツ思想(史,コ)「スポーツ好きの一科学者」からみたスポーツと科学の関係
*杉浦 澄美1、大林 太朗1、木越 清信1 (1. 筑波大学)
小野勝次(1909-2001年)は,日本の数学基礎論の開拓者の一人と評される数学者である.また,山下英男らと共に「継電器式電気統計計算機の研究」で日本学士院賞(1954年)を受賞し,日本オペレーションズ・リサーチ学会会長を務めるなど,理学,工学の分野で広く功績を残した人物である.
他方,小野は陸上競技界に科学を取り入れた人物としても知られている.日本学生陸上競技連合の指導者研究会では,第2回(1956年)以降,複数回にわたって講師を務め,陸上競技の技術について指導者と議論している.また,小野勝次『陸上競技の力学』(1957年,同文書院)は,「陸上競技の指導書としての任を果たすだけでなく,今日までの体育学に缺けているところを補う貴重な文献であるから,スポーツマンならびに体育学の研究にたずさわるものの一讀を要する書」(松井,1957)と評価されている.
しかし,小野が当時の日本体育学会をはじめとするスポーツ科学関連学会に所属したことを示す記録は確認できない.つまり,小野は制度化されつつあったスポーツ科学の内に位置づくというよりも,「スポーツ好きの一科学者」(小野,1962)として陸上競技界と交流した科学者であったと考えられる.このような小野の位置は,スポーツ科学の制度化,専門分化が進んだ現代では見出しにくく,小野のスポーツ思想を読み解くことは,スポーツ実践と科学との関係をスポーツ科学の〈内〉からとは異なる視点で検討するための手がかりとなるだろう.
そこで本研究の目的は,小野が「スポーツ好きの一科学者」としてスポーツと科学の関係をいかに捉えていたのかを明らかにすることである.小野勝次『随筆 スポーツと科学と』(1962年,ベースボール・マガジン社)を主要史料として小野のスポーツ思想を読み解き,スポーツと科学の関係を〈外〉から眺める視角を提示することを試みる.
他方,小野は陸上競技界に科学を取り入れた人物としても知られている.日本学生陸上競技連合の指導者研究会では,第2回(1956年)以降,複数回にわたって講師を務め,陸上競技の技術について指導者と議論している.また,小野勝次『陸上競技の力学』(1957年,同文書院)は,「陸上競技の指導書としての任を果たすだけでなく,今日までの体育学に缺けているところを補う貴重な文献であるから,スポーツマンならびに体育学の研究にたずさわるものの一讀を要する書」(松井,1957)と評価されている.
しかし,小野が当時の日本体育学会をはじめとするスポーツ科学関連学会に所属したことを示す記録は確認できない.つまり,小野は制度化されつつあったスポーツ科学の内に位置づくというよりも,「スポーツ好きの一科学者」(小野,1962)として陸上競技界と交流した科学者であったと考えられる.このような小野の位置は,スポーツ科学の制度化,専門分化が進んだ現代では見出しにくく,小野のスポーツ思想を読み解くことは,スポーツ実践と科学との関係をスポーツ科学の〈内〉からとは異なる視点で検討するための手がかりとなるだろう.
そこで本研究の目的は,小野が「スポーツ好きの一科学者」としてスポーツと科学の関係をいかに捉えていたのかを明らかにすることである.小野勝次『随筆 スポーツと科学と』(1962年,ベースボール・マガジン社)を主要史料として小野のスポーツ思想を読み解き,スポーツと科学の関係を〈外〉から眺める視角を提示することを試みる.
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