講演情報
[07発-KL-1]子どもの運動参加とウェルビーイング
*梅澤 秋久1 (1. 横浜国立大学)
<演者略歴>
小学校教員として15年勤務する傍ら、修士課程および博士課程において理論と実践の融合を深化させる。2009年帝京大学専任講師に就任、2013年横浜国立大学准教授を経て2017年より同教授。専門は体育科教育学。教育学の視点から体育における評価、共生、ウェルビーイングを主題とする研究を展開している。博士(教育学)。
小学校教員として15年勤務する傍ら、修士課程および博士課程において理論と実践の融合を深化させる。2009年帝京大学専任講師に就任、2013年横浜国立大学准教授を経て2017年より同教授。専門は体育科教育学。教育学の視点から体育における評価、共生、ウェルビーイングを主題とする研究を展開している。博士(教育学)。
本講演では、子どもの運動参加の在り方をウェルビーイング(Well-being)の視点から問い直し、発育発達期における「良質な運動経験」の本質を実証的データと実践知の双方から議論することを目的とする。
今日、子どもの体力低下や運動格差が指摘される中、UNESCO(2015/2021)の「質の高い体育(Quality Physical Education)」や、OECDの「Education 2030」では、身体活動を通じた“individual and collective well-being”の実現が叫ばれている。そこでは、特定の運動技能の到達度といった「単なる成果(not solely performance outcomes)」に依存しない、包摂的な運動機会の保障が求められている。
講演の前半では、小中学生を対象とした運動状況調査を基に、運動有能感に代表されるウェルビーイングの「獲得的要素」と、共同体感覚に代表される「協調的要素」が、子どもの運動参加とどのように関連しているかを統計的分析から報告する。
後半では、こうしたマクロな統計データの限界を乗り越える体育科教育学のアプローチを提示したい。実証研究における有意差や標準偏差の「外側」に置かれがちな、運動が苦手な子どもや体育の授業でしか運動に触れない子どもたちのウェルビーイングこそが、いま真に問われなければならない。単なる属性の包摂(inclusive)という制度設計に留まらず、運動が苦手な子が他者との共感共苦や互恵性を基盤として、自らの意味を見出していく「共生(convivial)」的な関係性の構築が不可欠である。
授業という公教育の場で、いかにしてすべての子どもたちが自律的・協働的に「運動世界」へと誘われていくのか。具体的な体育実践の事例を踏まえ、発育発達期における真正な運動参加の在り方を展望したい。
今日、子どもの体力低下や運動格差が指摘される中、UNESCO(2015/2021)の「質の高い体育(Quality Physical Education)」や、OECDの「Education 2030」では、身体活動を通じた“individual and collective well-being”の実現が叫ばれている。そこでは、特定の運動技能の到達度といった「単なる成果(not solely performance outcomes)」に依存しない、包摂的な運動機会の保障が求められている。
講演の前半では、小中学生を対象とした運動状況調査を基に、運動有能感に代表されるウェルビーイングの「獲得的要素」と、共同体感覚に代表される「協調的要素」が、子どもの運動参加とどのように関連しているかを統計的分析から報告する。
後半では、こうしたマクロな統計データの限界を乗り越える体育科教育学のアプローチを提示したい。実証研究における有意差や標準偏差の「外側」に置かれがちな、運動が苦手な子どもや体育の授業でしか運動に触れない子どもたちのウェルビーイングこそが、いま真に問われなければならない。単なる属性の包摂(inclusive)という制度設計に留まらず、運動が苦手な子が他者との共感共苦や互恵性を基盤として、自らの意味を見出していく「共生(convivial)」的な関係性の構築が不可欠である。
授業という公教育の場で、いかにしてすべての子どもたちが自律的・協働的に「運動世界」へと誘われていくのか。具体的な体育実践の事例を踏まえ、発育発達期における真正な運動参加の在り方を展望したい。
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