講演情報
[01史-口-02]『陸上日本』(1933年創刊)の史料的研究全日本陸上競技連盟の「オリムピック八年計画」に関する記事を中心に
*大林 太朗1 (1. 筑波大学)
本発表は、全日本陸上競技連盟が1933年に創刊した『陸上日本』の史料的価値について、特に1940年の第12回オリンピック競技大会を目途とした同連盟の「オリムピック八年計画」に関する記事の分析を通して明らかにするものである。
従来、1910年代から1920年代までの日本における陸上競技史は、主に総合統括団体としての大日本体育協会の視点で捉えられてきた。一方で、1925年に創設された全日本陸上競技連盟が体協に代わって1928年に国際陸上競技連盟(IAAF)に加盟して以降、国内競技団体としての日本陸連がいかに組織を拡充し、また具体的にどのような強化策・普及策を講じていたかという点については、先行研究や日本陸連発行の「年史」の限りでは未だ十分に把握されていない側面がある。
本発表で取り上げる『陸上日本』は、1931年創刊の『全日本陸上競技連盟月報』の後継にあたる月刊の機関紙(誌)であり、上記の問題にアプローチするための一次史料となり得るものと考えられる。「オリムピック八年計画」を基軸として、連盟関係者の論説、委員会報告、選手強化や地方普及に関する記事を分析し、1930年代の日本陸上競技史研究に関する新しい視座を提示したい。
従来、1910年代から1920年代までの日本における陸上競技史は、主に総合統括団体としての大日本体育協会の視点で捉えられてきた。一方で、1925年に創設された全日本陸上競技連盟が体協に代わって1928年に国際陸上競技連盟(IAAF)に加盟して以降、国内競技団体としての日本陸連がいかに組織を拡充し、また具体的にどのような強化策・普及策を講じていたかという点については、先行研究や日本陸連発行の「年史」の限りでは未だ十分に把握されていない側面がある。
本発表で取り上げる『陸上日本』は、1931年創刊の『全日本陸上競技連盟月報』の後継にあたる月刊の機関紙(誌)であり、上記の問題にアプローチするための一次史料となり得るものと考えられる。「オリムピック八年計画」を基軸として、連盟関係者の論説、委員会報告、選手強化や地方普及に関する記事を分析し、1930年代の日本陸上競技史研究に関する新しい視座を提示したい。
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