講演情報

[SY4-1]心理学を活用したアドヒアランス改善のための服薬指導

吉田 暁 (城西大学薬学部 薬剤作用解析学研究室 助教)
我が国では高齢化の進展に伴い、慢性疾患の治療を長期にわたり継続する患者が増加している。加齢により複数の薬が処方される一方で、自覚症状が乏しいため、薬の飲み残しや自己中断など、服薬アドヒアランス不良の問題が顕在化している。慢性疾患の悪化による入院患者の33-69%が服薬アドヒアランス不良に起因するとされ、薬の飲み残しによる経済的損失は475億円に上ると推計されている(日本薬剤師会、2008)。服薬アドヒアランスの改善は、医療現場における喫緊の課題である。
 そこで発表者は、薬剤師の「コトバの力」に着目し、心理学的アプローチによる服薬アドヒアランス向上のための実証研究を実施した。外来での薬物治療が主流である我が国において、患者と最も多く薬についてコミュニケーションを行うのは薬局薬剤師である。薬剤師が患者に向けて発する「わずかな一言」や「微細な言い回しの違い」が、患者の服薬行動に影響を与えるとすれば、それは十分に研究・改善する価値のある領域である。
 たとえば、オンライン実験の結果、患者が副作用の発生確率を実際よりも過大に評価する傾向があること、またその確率を具体的に提示することで(例:「副作用が起きる可能性は1-5%未満です」)、服薬意欲が高まる可能性が示された。また、人が他者に「同調」しやすい傾向を活かし、「OOさんと同じようにこの薬を飲んでいる人は多いです」といった文言の追加が、服薬行動に肯定的な影響を与えることも確認された。さらに、2024年から2025年には株式会社クリオネ(本社:北海道札幌市)との共同研究を実施し、実際の薬局現場において複数の服薬指導パターンを比較検証した結果、こうした「わずかな一言」を加える介入が、慢性疾患患者の治療開始時における服薬意欲を高めることが確認された。
 薬剤師の「コトバの力」には、当然ながら個人の人柄や患者との相性といった要素も関与する。しかし発表者が目指すのは、そうした個人差に依存しない、科学的かつ再現性のあるコミュニケーション戦略の構築である。これまで薬剤師一人ひとりが経験的に培ってきた服薬指導の工夫を、心理学に基づいて理論化・体系化し、薬剤師コミュニティ全体で共有可能な「集合知」とすることが本研究の最終目標である。本シンポジウムがその議論の契機となり、臨床現場における薬剤師と患者のコミュニケーションの質を高める一助となれば幸いである。


【略歴】
2020年 早稲田大学大学院文学研究科(心理学コース)博士後期課程満期退学。博士(早大・文学)独立行政法人国際交流基金研究員を経て、2020年より城西大学薬学部薬学科助教。研究分野は健康心理学、医薬品情報学。日本心理学会、日本薬局学会、日本医療情報学会などの各会員。