講演情報

[SY4-3]服薬の不安を理解する―心理学の基礎理論から―

石川 遥至 (兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 講師・公認心理師)
薬物療法を受ける患者たちは、薬の有効性、副作用や薬害、長期の服薬についてなど、様々な不安を抱えている。こうした不安は服薬の必要性や効果を十分に認識しながらも払拭されない場合があり、ときに患者たちが葛藤を抱えながら服薬を行っていることがうかがえる。さらに、服薬に関する不安は服薬アドヒアランスの低下につながる要因でもあることから、その軽減は服薬指導における重要な課題といえる。
 不安とは、何らかの脅威を予期することで生じる生理的・心理的・行動的反応であり、差し迫った脅威が現存するわけではないという点で恐怖と区別される。不安それ自体は生存を助ける正常な機能であるが、これが本来必要のない状況で生じる場合には不適応的な状態を招きうる。不安は、それを予期させる状況や対象からの回避を引き起こす。服薬に不安を感じて患者が薬を飲まなくなるのは、その一例といえる。反復的な回避は、その対象が脅威を伴うものではないという学習を妨げ、反対に「服薬しなかったおかげで体調を崩さなかった」などの原因帰属につながることで、ますます対象への不安を強めてしまう。
 強い不安を抱く人には様々な認知のパターンがみられる。まず、懸念していた事態が現実化する可能性やその場合の損失を過大に見積もる傾向がある。また、様々な出来事の結果の捉え方において「自分の力では結果を変えることはできない」という外的統制の感覚が強いことや、恐れていることが起こるかどうか分からないという不確実さに対して強い不快感をもつことなども知られる。
 服薬指導を通して、処方薬の効果や飲み方、副作用とその対処法についての理解が深まった場合、不安が軽減されることが示唆されている。患者が何を脅威と感じているか、それが生じる確率と影響の大きさ、そして具体的な対処方法を明瞭化することが、服薬に対する過剰な不安を抑えることにつながると考えられる。外からは不合理に見えたとしても、患者の主観的世界では正当かつ切実な感情として不安が生じている。服薬指導では、正しい情報を提供するのみならず、患者の不安を否定することなく、本人の視点から共感的に理解しようと努めることが重要ではないだろうか。


【略歴】
2012年 早稲田大学文学部心理学コース 卒業
2014年 早稲田大学大学院文学研究科心理学コース修士課程 修了、修士(文学)
2018年 早稲田大学文化構想学部現代人間論系 助手・助教(~2021年)
2019年 公認心理師 取得
2019年 早稲田大学大学院文学研究科心理学コース博士後期課程 修了、博士(文学)
2023年 早稲田大学文化構想学部現代人間論系 講師(任期付)(~2025年)
2025年 兵庫教育大学大学院学校教育研究科人間発達教育専攻 講師

所属学会
日本心理学会、日本健康心理学会、日本感情心理学会、日本マインドフルネス学会、日本教育心理学会

役職等
日本マインドフルネス学会 編集委員会ならびに監事