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[R4-03]クエン酸水溶液へのチタン鉱物の溶解性に関する実験的研究

*有賀 駿太1、大藤 弘明1 (1. 東北大・院理)
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キーワード:

チタン移動、クエン酸、チタン鉱物、アナターゼ

[はじめに]
 チタンは水に溶けにくく、地球表層環境で移動しにくい元素として知られている。しかし、低温下(100~200℃以下)でもチタンの移動・濃集を示す痕跡が確認されている。例えば、火山ガラス中で二次的に形成した管状チタン石や、堆積岩の有機物に含まれるナノチタン結晶が挙げられる(Izawa et al., 2019; Galvez et al., 2012)。管状チタン石の起源と生成メカニズムについてはまだ謎が多く残されているが、有機物との水溶性チタン錯体の形成が鍵となる可能性も示されている(Knowls et al., 2013)。実際、クエン酸溶液や没食子酸溶液中では岩石(玄武岩や花崗岩)からのチタン溶出量が増加することが実験で明らかにされている(Neaman et al., 2005, 2006; Hausrath et al., 2009)。また、材料科学の分野では、水溶性クエン酸チタン錯体が知られ、150℃以上で加水分解しアナターゼ(TiO2)を析出するため、チタン材料合成の前駆体として用いられている(Kakihana et al., 2001, 2010)。しかし、クエン酸水溶液とチタン鉱物の反応を実際に調べた例はないため、本研究で詳しく調査することとした。
[実験方法]
 3種類の天然のチタン鉱物、ルチル (TiO2)、イルメナイト (FeTiO3)、チタン石 (CaTiSiO5)と試薬として購入したペロブスカイト (CaTiO3)を用い、天然試料は数十μmサイズに粉砕し、試薬のペロブスカイトはそのまま(粒径~1μm)の形で実験に使用した。クエン酸水溶液濃度は0.005~0.5 Mとし、加熱温度は30℃~270℃まで変化させ、飽和水蒸気圧下(4.2 kPa~5.5MPa)で12時間~最長12週間の実験を行った。回収した固体試料は濾紙上に回収して粉末XRDによる鉱物相同定とSEM-EDSを用いた微細組織観察と化学分析を行った。一部の試料については収束イオンビーム(FIB)で薄膜を切り出し、TEMで観察を行った。一方、回収した水試料に関しては、希釈して5%硝酸溶液で固定し、ICP発光分光(ICP-OES)による元素濃度分析を実施した。
[結果と考察]
 粉末XRD分析の結果、加熱温度150℃以上の条件でチタン石とペロブスカイトを用いた実験の回収試料にアナターゼ(TiO2)のブロードな回折ピークを検出し、その強度は加熱温度および加熱時間に比例していた。なお、アナターゼのピークの半値幅はチタン石の方が顕著に大きかった。一方、ルチルとイルメナイトを用いた実験ではアナターゼの生成は認められなかった。チタン石回収試料のSEM-EDS分析の結果、TiとOのみからなる直径0.5μmほどの球状の微粒子が多数観察され、この特徴はXRDでのブロードな回折ピークと一致する。また、チタン石の表面には多数の溶解痕も観察された。一方、ペロブスカイトについては溶解痕は明瞭ではないものの、その表面には球状微粒子が多数密集している様子が観察された。
 ICP-OES分析の結果、加熱温度140℃以下のチタン石とペロブスカイトを用いた実験の回収溶液は数百 ppmと高いTi濃度を示していた。一方、加熱温度150℃以上の条件ではTi濃度はゼロであった。この違いは150℃以上ではアナターゼが生成されていたことと一致する。また、すべての加熱温度でチタン石実験の回収溶液は高いCa、Si濃度を、ペロブスカイト実験の回収溶液は高いCa濃度を示していた。イルメナイトとルチルを用いた実験の回収溶液のTi濃度はゼロであったが、前者からは高いFe濃度が検出された。
 以上より、チタン石とペロブスカイト中のチタンの一部は、クエン酸水溶液中に溶解してクエン酸チタン錯体を形成し、150℃以上ではそれが加水分解してアナターゼを生成することが分かった。一方、イルメナイトとルチル中のチタンは錯体を形成せずクエン酸水溶液中にまったく溶解しないことが分かった。チタン石とペロブスカイトは、結晶構造中のイオン半径の大きなCaを含むため,それが溶出することによって構造が不安定化しチタンの溶出が促進されたと考えられる。しかし一方で、FeとTiが互層をなす構造を有するイルメナイトではFeが選択的に溶出しているにも関わらず、Tiは全く溶出していないのは不思議である。今後さらに詳細な観察・分析を行い、鉱物種によるクエン酸水溶液への溶解のメカニズムや反応性の違いを明らかにしたいと考えている。