講演情報

[O08-02]「酒の源流」としての南部フォッサマグナ★招待講演

*久田 健一郎1 (1.NPO法人地学オリンピック日本委員会)

キーワード:

日本酒、南部フォッサマグナ、仕込水、ワイン

ビールやワイン造りは西アジアで始まり,ワインは紀元前7000年前に遡るとされている.常木(2014)は「古代の多くの物語は,私たちに,ビールとワインは神々から人間への贈り物であり,神と人間,そして友人との絆を結ぶための重大なアイテムであることを教えてくれる.」としている.それでは,日本酒造りはどうであろうか.ボーメール(2022)では,上田の説を取り上げ,「縄文時代末期頃,紀元前10世紀~前3世紀の間に稲作とともにまず「口噛みの酒」が伝わり,次いで4世紀頃の中国文化伝来によって日本に麹の技術がもたらされた」とした.
南部フォッサマグナの地域における酒造りについては不明な点が多いが,山梨・長野の県境周辺(中部高地)のワイン生産の歴史は大変古くから知られ,縄文時代にはすでにその原形があったのではないかと指摘されている.すなわち「縄文アート」といえる土器群の中に,有孔鍔付土器があるが,有孔鍔付土器の用途に関してさまざまな見解が示されている.最も可能性が高いのは酒道具といわれている(山梨県考古博物館,1984).この土器の中から山ブドウの実らしき炭化物が発見され,小孔は発酵の際のガス抜き孔と考えられた.当該地域に米栽培が当地にもたらされたのは弥生時代以降と考えられるが,縄文後期には米栽培がおこなわれていた可能性も指摘されており,今後の検討が必要である.川幡(2009)によれば,縄文時代中期には100㎞2当たりの人口は,関東地方で300-450人,中部地方で200-300人と算定された.そして縄文時代の東日本の人口密度は西日本の10倍以上分としている.このように中部地方以東に人口集中した理由は,翡翠や黒曜石などの石材の入手のみならず,古代人の精神的,文化人類学的観点も必要であろう(中沢,2021).アニミズムを基本とする「山並み-神々-酒」の影響も見逃せないと考える.とくに,日本海側糸魚川付近に上陸して,内陸の和田峠を中心として広がる信州へ通じる地形的回廊(フォッサマグナ)は,古代人にとって重要な意味を持つものであろう.フォッサマグナの西側には北,中央,南アルプスの高峰が並び,それらの神聖な山容に現代人でも圧倒される.酒が生み出す陶酔状態は神々と古代人の交流媒体ともいえること(小泉,1982)から,富士山,八ヶ岳,そして中部高地の前面に聳える甲斐駒ヶ岳などが古代の酒造りを支えてきたのかもしれない.
酒造り工程で,水は重要な役目を果たすことは言うまでもない.とくに日本酒造りでは,水は米,麹菌と並んで「日本の魂」のひとつと呼ばれている(和田,2015).久田ほか(2021)は北海道を除く日本列島の日本酒仕込水の水質と地質との関係や,奥田ほか(2022)は仕込水の性質が清酒醸造に与える影響について検討した.とくに仕込水中のSO42-がα-アミラーゼの無効吸着を抑制し米の溶解性を向上させる一方で,アミノ酸の生成を抑制する最も影響が大きい可能性が示唆された.山梨県地域の地質は①西南日本外帯(その延長部)の主に中生代付加体地域(四万十帯)・②伊豆半島衝突付加地塊・③花崗岩地域・④活火山地域に区分できる(久田ほか,2024).一方山梨県の水系は,富士川水系・桂川水系・二級水系(富士五湖)・多摩川水系からなる.仕込水及び湧水及び河川水の主要溶存無機イオン8成分の水質分析を行った.その結果,地質ごとの水質にある程度の違いが認められた(久田ほか,2024).まず,③花崗岩地域と④活火山地域の水で比較的似たような特徴を示すことが確認された.具体的に示すと,③花崗岩地域と④活火山地域ではCa2+とMg2+の比率は相対的に低く,HCO3の比率が相対的に高い.また①西南日本外帯の水ではHCO3の割合が相対的に低いことも読み取れる.次に,SO42–濃度は①西南日本外帯と②伊豆半島衝突付加地塊の水で高い値を示す地点が多い特徴がある.①と②の水では溶存成分量は相対的に高いが,③花崗岩地域と④活火山地域の水では低い地点が多いことも特徴として挙げられる.このような水質の違いは,花崗岩のマサ化の程度や火山を構成する火山灰の降灰規模に起因した滞留時間によるものと推定される.
このように現代の山梨県の日本酒造りは,伊豆半島衝突付加地塊や火山フロント,および中生代付加体の様々な地質体が生み出す多様な水循環に支えられていることが窺える.日本酒造りの並行複発酵とワイン造りの単発酵・ビール造りの単行複発酵との違いこそあれ,山梨県を中心とする南部フォッサマグナは「酒の源流」ともいえるのではないか.