講演情報
[12人-口-14]ヘリテージ概念を用いたスポーツ空間文化についての考察台湾・台北の圓山公園の歴史的重層性と集団的記憶
*田里 千代1 (1. 天理大学)
台湾・台北市の中心地から北側に位置する「花博公園圓山園区」は、かつてサッカー場として使われたスタジアムが今も残され、その外側の回廊に飲食店が建ち並び、その周りには緑地化された広場が広がっている。週末になると、交通の便も良いことも手伝って市民や観光客らにとっての憩いの場となっている。ここは、かつて台湾が日本に統治されていた時代に「圓山公園」として、日本本土に先駆けて初めて日本人が手掛けた近代公園として造成された。当時の近代都市を象徴するように、公園内には動物園、運動場、遊園地などの施設が続々と加わった。戦後の中華民国統治の時代になると、野球場として復活するもアメリカ軍の倉庫として活用されるなどの経緯を経て、1979年に中山サッカー場としてスタジアムが建てられた。2008年にはスポーツ施設としての用途を終え、後に開催された2010台北国際花博覧会の会場として改修が加えられて現在に至っている。
この圓山公園の空間的特徴は、台湾の歴史的変遷の遺構や遺跡、歴史的建造物を随所に残している点にある。周知のとおり台湾の歴史は先史時代から原住民が暮らし、17世紀以降は異なる支配者による統治が繰り返されてきた。圓山公園内には今もなお、それぞれの時代が残してきた史跡やかつて人々が眺めたであろう景観、戦後に建てられたスタジアムの建造物が残されている。本研究では「ヘリテージ」という概念で圓山公園を考察することを目的としている。ここでいうヘリテージとは、英語での“heritage”の意味合いである「文化的な遺産や伝統」を指している。本発表では、ヘリテージ概念を用いた圓山公園の考察から、台湾が辿ってきた歴史の重層性とともに、今を生きる人々の集団的記憶を呼び起こすスポーツ空間文化がいかに形成されているかを示していきたい。
この圓山公園の空間的特徴は、台湾の歴史的変遷の遺構や遺跡、歴史的建造物を随所に残している点にある。周知のとおり台湾の歴史は先史時代から原住民が暮らし、17世紀以降は異なる支配者による統治が繰り返されてきた。圓山公園内には今もなお、それぞれの時代が残してきた史跡やかつて人々が眺めたであろう景観、戦後に建てられたスタジアムの建造物が残されている。本研究では「ヘリテージ」という概念で圓山公園を考察することを目的としている。ここでいうヘリテージとは、英語での“heritage”の意味合いである「文化的な遺産や伝統」を指している。本発表では、ヘリテージ概念を用いた圓山公園の考察から、台湾が辿ってきた歴史の重層性とともに、今を生きる人々の集団的記憶を呼び起こすスポーツ空間文化がいかに形成されているかを示していきたい。
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