講演情報
[スポーツ文化-SB-2]「語りの権威」から計測される指標へ新聞のデジタル移行期におけるスポーツ報道の経験から
*忠鉢 信一1 (1. 東京大学大学院学際情報学府社会情報学コース)
<演者略歴>
朝日新聞社勤務を経て、2025年4月から上記修士課程に所属。スポーツ部の編集委員およびデスクを務めたほか、社会部などで国内外の事件・災害を取材。現在はメディア・スポーツの物語的操作を課題とする研究に取り組む。博士(筑波大学・スポーツウエルネス学)。
朝日新聞社勤務を経て、2025年4月から上記修士課程に所属。スポーツ部の編集委員およびデスクを務めたほか、社会部などで国内外の事件・災害を取材。現在はメディア・スポーツの物語的操作を課題とする研究に取り組む。博士(筑波大学・スポーツウエルネス学)。
本報告は、報告者が1990年代から2020年代にかけて朝日新聞社のスポーツ担当記者として、マスメディアの専門職集団(Hargreaves 1986=1993; Rowe 2004)の一員であった経験をもとに報告する。この時代は、新聞がデジタルメディアへ移行していく過程であった。
Hargreaves(1986=1993)によれば、メディア・スポーツの専門職集団は「知識のストック」を通じてスポーツを選別・評価・分類する権限や、著名な解説者・評論家を「現実の第一の定義者」として配置する権限を持つ。Rowe(2004)によれば「インサイダーの知識」への排他的なアクセスや、何を報道しうるかを画定するゲートキーピング機能を担う。いずれの整理においても、「語りの権威」性は、個々の記者・解説者・編集者ではなく、マスメディアの制度的位置によって集合的に構成される。
報告者が朝日新聞社に在籍中、経験したのは、「語りの権威」性の質的変容であった。メディア・スポーツの多元化によって、相対的な新聞の「語りの権威」性は低下していった。このような環境のもと、デジタル化によってページビュー数や有料会員獲得数など個別の記事がもたらす経済的成果を計測できるようになり、その数値を記者がほぼリアルタイムで把握できる仕組みが導入された。従来、記事の価値や記者自身の「語りの権威」は、「知識のストック」や「インサイダーの知識」に対する専門職集団の内部評価に支えられていたが、受け手の行動が詳細に計測できるようになったことで、数値指標によって価値づけ直されるようになった。
Rowe(2004)は、インターネットに代表される新しいメディア技術が文化生産の可能性を拡張し、受動的とされていた消費者が「全能のメディア作家」になりうると予見した。しかし、メディア・スポーツの変容には、Roweが予見した生産主体の拡張だけでなく、本報告が示したような送り手と受け手の関係の質的変容も含まれる。本報告はこの二重の過程を視野に入れた議論の基盤として貢献したい。
Hargreaves(1986=1993)によれば、メディア・スポーツの専門職集団は「知識のストック」を通じてスポーツを選別・評価・分類する権限や、著名な解説者・評論家を「現実の第一の定義者」として配置する権限を持つ。Rowe(2004)によれば「インサイダーの知識」への排他的なアクセスや、何を報道しうるかを画定するゲートキーピング機能を担う。いずれの整理においても、「語りの権威」性は、個々の記者・解説者・編集者ではなく、マスメディアの制度的位置によって集合的に構成される。
報告者が朝日新聞社に在籍中、経験したのは、「語りの権威」性の質的変容であった。メディア・スポーツの多元化によって、相対的な新聞の「語りの権威」性は低下していった。このような環境のもと、デジタル化によってページビュー数や有料会員獲得数など個別の記事がもたらす経済的成果を計測できるようになり、その数値を記者がほぼリアルタイムで把握できる仕組みが導入された。従来、記事の価値や記者自身の「語りの権威」は、「知識のストック」や「インサイダーの知識」に対する専門職集団の内部評価に支えられていたが、受け手の行動が詳細に計測できるようになったことで、数値指標によって価値づけ直されるようになった。
Rowe(2004)は、インターネットに代表される新しいメディア技術が文化生産の可能性を拡張し、受動的とされていた消費者が「全能のメディア作家」になりうると予見した。しかし、メディア・スポーツの変容には、Roweが予見した生産主体の拡張だけでなく、本報告が示したような送り手と受け手の関係の質的変容も含まれる。本報告はこの二重の過程を視野に入れた議論の基盤として貢献したい。
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