講演情報

[R1-09]深層学習を利用したSEM-EDXスペクトルによる鉱物分類法の開発

平井 涼聖1、*瀬戸 雄介1 (1. 大阪公立大学)
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キーワード:

鉱物同定、深層学習

走査型電子顕微鏡(SEM)にエネルギー分散X線検出器(EDX)を組み合わせた分析システムは鉱物種の同定や化学組成の定量にきわめて有用であり、鉱物科学の分野で広く普及している。ところでEDXスペクトルの形状は検出器条件(加速電圧、取り出し角、検出器ウィンドウの材質など)と試料条件(化学組成、コーティング厚みなど)によって変化するため、正確な定量分析を行うためには化学組成の保証された標準物質を多数用意し、慎重に事前測定をしておく必要があった。また得られる分析値は元素や酸化物の重量比(あるいは原子数比)に過ぎないため、複雑な化学組成を持つ固溶体鉱物 (例えば角閃石族や雲母族など)を同定する場合にはある程度の経験値が必要とされる。近年、ニューラルネットワークを模擬した深層学習法が普及し多くの分野で利用され始めている。他方でEDXスペクトルのシミュレーション技術も発展し高精度のスペクトルを再現することが可能となってきた[1]。そこで本研究では、EDX分析による鉱物研究のさらなる発展を目指し、深層学習とEDXスペクトルシミュレーションを組み合わせた新しい鉱物分類法の開発を行った。
 深層学習による分類モデルあるいは回帰モデルを作成するためには、多様で大量(1,000~100,000)の教師データ(EDXスペクトル)が必要となるが、実際の実験システムでそれらを取得することは事実上困難である。そのため本研究では、NIST (米国国立標準技術研究所)が開発したソフトウェアDTSA-Ⅱ[1]を使用して教師用データを作成した。このソフトウェアは、試料内の電子飛程、マトリックス効果、検出器パラメータ等の高度な補正計算に対応し、高精度なEDXスペクトルのシミュレーションすることができる。なおシミュレーション条件は実際のSEM-EDXシステムをよく再現する必要があるため、本研究では大阪公立大学のSEM-EDX (JEOL JSM-IT300 + JED-2300)で実際に取得した標準試料のスペクトルに対し様々なパラメータを網羅的に変化させ、最も再現度の高いパラメータセットを採用した。またDTSA-Ⅱの複数同時実行が可能となるようにコードを一部改良することで、シミュレーション速度の大幅な向上にも成功している。
 DTSA-Ⅱによって生成したスペクトルを教師データとして、Googleが開発した機械学習ライブラリであるTensorFlowを用いて深層ニューラルネットワークモデルを構築した。鉱物の種類の判定は機械学習においてはいわゆる分類問題に相当し、組成分析は回帰問題に相当する。本研究手法の妥当性を検討するため、カンラン石固溶体([Mg,Fe]2SiO4)の端成分間を1000分割し、それらのEDXスペクトルのシミュレーション結果を教師データとして回帰モデルを作成した。実際のSEM-EDXで取得したカンラン石のスペクトルに対してこの回帰モデルを適用させたところ、1 mol%程度の精度で分析結果が得られることを確認した。
 本研究で提案する手法は、様々なEDX検出器の仕様に対応可能であり、希少な鉱物も簡単に学習可能である。また、特定の元素を含む標準物質を実際に用意しなくてもその元素の定量が可能となるという利点もあり、迅速で応用範囲の広い鉱物種の判定方法として期待できる。
[1] Newbury & Ritchie. (2022), Microscopy and Microanalysis 28(6), 1905-1916.

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