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[R2-01]非晶質酸化物の局所構造と物性:放射光による新展開

*尾原 幸治1 (1. 島大・材エネ)
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キーワード:

二体分布関数解析

鉱物科学における構造研究は、これまで結晶性物質を中心に大きな発展を遂げてきましたが、非晶質相に対する理解はいまだ限られており、大きな学術的フロンティアを残しています。特に、遷移金属酸化物のような複雑な局所構造を有する材料においては、非晶質状態における原子配列や局所秩序の解明が、機能発現メカニズムの本質的理解に直結します。

本講演では、放射光X線を用いた全散乱実験および二体分布関数(Pair Distribution Function: PDF)解析により、非晶質酸化物の構造ダイナミクスを原子スケールで可視化する最新の研究を紹介します。とりわけ、酸素発生反応(OER)用の触媒材料として注目されるペロブスカイト型Ir酸化物(SrIrO₃)をモデルに、in situ/operando環境下で観測された、結晶相から非晶質相への構造変化、さらには反応後に再び結晶化する可逆挙動についての知見を報告します。これにより、非晶質相が単なる「劣化相」ではなく、触媒活性を担う“動的な中間相”として機能していることが明らかになりつつあります。

また、四面体構造を基本単位とする非晶質物質SiO2の異常物性についても議論します。水やSiO₂液体・ガラスでは、高温や高圧下で密度最大化や粘性低下といった異常な挙動が知られています。そのメカニズムの一つとして、「二状態仮説」が提唱されており、構造的には四面体性の高いS状態と、より密に詰まった構造状態が共存し、温度や圧力によってその比率が変化することで物性が変動すると考えられています。これまでは理論的予測が先行していましたが、我々は大型放射光施設SPring-8の高エネルギーX線ビームライン(BL37XU、BL05XU)を活用し、SiO₂ガラスを高圧その場条件下で観測する手法を確立しました。本手法により取得した構造情報を逆モンテカルロ法および分子動力学シミュレーションと統合解析した結果、構造パラメーターz(Si原子から5番目に近いSi原子と4番目に近いO原子の距離差)に基づく分布が高圧下で二峰性を示すことを初めて実験的に確認しました。これは、理論研究で提案されていたS状態と密構造状態の共存を支持する強い証拠です。低圧下では四面体性の高いS状態が支配的であるのに対し、高圧下ではその割合が大きく減少し、四面体性が崩れた構造が優勢となることが明らかとなりました。この構造変化こそが、SiO₂の異常物性の起源であると考えられます。

本講演では、以上のような結晶と非晶質、局所構造と平均構造の連続的理解を通じて、非晶質構造の「部分的秩序性」や「構造ゆらぎ」といった概念が、これからの鉱物科学にどのような視座を与えるのかを議論したいと考えています。放射光技術の進展によって、非晶質物質の構造解析は定量性と時間分解性を両立した新たなステージに突入しており、「広義の構造科学」の視点から、地球深部プロセスや新規機能性材料の理解に向けた今後の展望を共有できれば幸いです。

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