講演情報

[R4-05]粘土鉱物の原子スケールモデリング:古典・量子・機械学習

*奥村 雅彦1 (1. 原子力機構)
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キーワード:

分子動力学法、第一原理計算、第一原理分子動力学法、機械学習分子動力学法、粘土鉱物

粘土鉱物は地表に豊富に存在し、様々な機能を有している。その中でも、粘土鉱物内外の陽イオンを交換することができる「陽イオン交換能」は、生態系や生活環境に大きな影響を及ぼす重要な機能である。この陽イオンの交換現象は原子スケールの現象であり、粘土鉱物の原子スケール構造が重要な役割を果たす。粘土鉱物の原子スケール構造は、透過型電子顕微鏡などで観測可能であり、これまで様々な知見が得られている。さらに、粘土鉱物によるイオン吸着に関する原子スケールの情報は、広域X線吸収微細構造を用いる観測で得ることができる。しかし、これらの観測で陽イオン交換現象の全容を捉えることは難しい。例えば、透過型電子顕微鏡で構造が観測できても、その構造がどのように陽イオン交換と関係しているのかを”示す”ことは難しい。広域X線吸収微細構造によって陽イオン周辺の原子配置が分かっても、その配置になった原因を知ることは容易ではない。このように、今の所原子スケールの実験によって「結果」を知ることができるが、その過程や原因を理解するためには情報が足りないことが多い。これら、実験結果からだけでは知ることが難しい陽イオン吸着の過程や原因を理解するために、原子スケール数値シミュレーションが粘土鉱物研究に用いられてきた。これまで主に、古典力学を用いる古典分子動力学法、量子力学を用いる第一原理計算・第一原理分子動力学法が粘土鉱物研究に用いられてきた。古典分子動力学法は、元々量子力学で記述されるべき原子を思い切って古典力学の質点に近似し、原子間の相互作用を簡素な関数で表す手法である。これらの大胆な近似のために、原子間相互作用は「経験的パラメーター」と呼ばれる未知のパラメーターが残ってしまい、これらをいくつかの実験や第一原理計算の結果を再現するように調整する必要がある。計算コストを抑えることができるが、実験結果との整合性は経験的パラメーターに強く依存する。一方の第一原理計算は、量子力学計算の中では比較的計算コストが低いため、原子核を質点に近似するが電子密度を量子力学的に扱う「密度汎関数法」がよく用いられる。基本的には「経験的パラメーター」は存在せず、“第一原理”(量子力学)に従って原子間相互作用を計算するが、交換相関汎関数と呼ばれる部分を厳密に求めることができないため、様々な近似を使った交換相関汎関数が提案されている。古典分子動力学法に比べると計算コストは高くなるが、実験との整合性は良い。ただし、計算コスト、実験との整合性共に交換相関汎関数依存性が残るため、「経験的パラメーター」には依存しないが、得られる結果は近似法に依存する。粘土鉱物だけでなく、多くの物質の数値シミュレーションには主に上記の二つの手法が用いられてきたが、近年の機械学習の発展に伴って、「機械学習分子動力学法」という新しい手法が提案され、急速に発展している。この手法は大量の第一原理計算の結果を教師データとして、人工ニューラルネットワーク等で学習し、原子分布から相互作用エネルギーを高速かつ高精度に求める手法である。相互作用エネルギーを原子位置で微分すれば原子にかかる力が得られ、原子の時間発展を評価できる。上記の原子スケール数値シミュレーション手法は、どれも扱える原子数に限界があり、多くの場合、原子数と精度は二律背反の関係にある。従って、粘土鉱物の原子スケールシミュレーションのためには、それぞれの手法に適した系を作成する「モデリング」が必須となる。例えば、第一原理計算は扱える原子数が少ないが、未知の構造に対しても正しい結果が得られる可能性がある。一方で、古典分子動力学法は既知の構造や検証済みの物理量の評価に適しており、第一原理計算では扱えない非常に多くの原子を含む系のシミュレーションが可能である。さらに、機械学習分子動力学法は、第一原理計算と古典分子動力学法の中間の計算コストであるため、高精度に中規模の原子数を扱うことができる。本講演では、上記の手法を粘土鉱物に適用した研究について、講演者の研究を中心に紹介する。東日本大震災に起因する東京電力福島第一原子力発電所事故によって環境中に放出された放射性セシウムの粘土鉱物による吸着現象について、古典分子動力学法、第一原理計算、第一原理分子動力学法を用いて調べた一連の研究結果について、それぞれの手法の特徴とモデリングの工夫について述べる。さらに、最近の機械学習分子動力学法による粘土鉱物や石英ガラスのシミュレーション研究の結果を紹介する。そして、機械学習分子動力学法の最近のトレンドについて紹介し、鉱物への適用に関する展望を述べる。

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