講演情報

[R4-06]汎用ニューラルネットワークポテンシャル分子動力学を用いたフッ素アパタイト中の水素拡散シミュレーション

*吉元 史1、飯村 壮史2、伊藤 正一1 (1. 京都大学、2. 物質・材料研究機構)
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キーワード:

水素、分子動力学、拡散

アパタイトは構造中にヒドロキシ基として水素を含みつつ,月・火星・小惑星などの多様な天体に遍在していることから,水の起源や進化を探る上で重要な鉱物とされている.また,その構造は安定で変成・変質への耐性も高いため,水素同位体組成の保持媒体としても広く利用されてきた.水素同位体組成を定量的に評価するには拡散係数と拡散機構の把握が不可欠である.発表者らはこれまでに2H2O/O2蒸気を拡散源とした拡散実験を行い,Yoshimoto et al. (2024),(2025) においてフッ素アパタイト中のc軸平行,垂直方向の水素自己拡散係数を550-700℃で決定し,拡散機構についても考察を進めてきた.その中でc軸垂直方向の拡散係数は平行方向の約3倍でありながら,両者の活性化エネルギーは一致していたことから,拡散機構は方位に依存せず同一である可能性を指摘した.また得られた水素の活性化エネルギー(約200 kJ/mol)が酸素の拡散と類似し,プロトン拡散に典型的なGrotthuss機構では説明困難であることを踏まえ,水素はOHとして酸素空孔を介して移動する過程が関与することを提案した.この解釈に基づけば,拡散種がOHであることは活性化エネルギーが大きくなることを意味し,結果としてアパタイト中の水素拡散は低温環境下では抑制されやすいことになる.したがって,OHによる拡散が妥当であれば,形成後に比較的低温で冷却された鉱物が初生の水素同位体組成を長期間保持できる可能性がある. 本研究では,この水素拡散機構を検証するため,汎用ニューラルネットワークポテンシャル(NNP)を用いた分子動力学(MD)シミュレーションを行った.構造モデルにはフッ素アパタイトの2×2×3スーパーセルを用い,そのうち1つのFのみをOHに置換した.MDシミュレーションにはASEソフトウェアの等圧等温(NPT)アンサンブルを用い,NNPはMatlantisに実装されているPFPを用いた.系の温度は Nose-Hoover 熱浴を用いて計算時間として現実的な1350-1750Kの間で制御し,圧力制御は Parrinello-Rahman 法を用いて1 atmで固定した.計算により得られた原子の軌跡から平均二乗変位を算出し,拡散係数およびその方向依存性を評価した.まずプロトンは単体ではなく,最近接の酸素と共にOH基として拡散していることが分かった.また1350-1550Kの温度範囲におけるc軸方向の拡散係数から見積もった活性化エネルギーは170 ± 30 kJ/molとなり,実験値とおよそ一致した.さらに,拡散係数の温度依存性と絶対値はFのそれらと同程度であり,両者が同様の経路を共有している可能性も示唆された.一方,得られたc軸方向の拡散係数の前指数因子は,同方向の実験値の外装線と比べ2桁程度高く,ab軸方向の拡散係数と比較しても3桁程度高かった.これら実験値との差異は,今回の計算に用いた構造モデルに陰イオン空孔を作る異種元素が考慮されていないことに起因すると考えられる.
以上の結果は,NNP-MDによって得られた拡散挙動が実験で得られた異方性や拡散係数の傾向と整合することから,OHを拡散種とするモデルが妥当である可能性を支持するものである.NNP-MDによる結果が低温でも妥当であるならば,アパタイトは低温環境下では水素の拡散が抑制されやすく,形成時の水素同位体組成を比較的よく保持できることが理論的にも裏付けられた.

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