講演情報
[競技スポーツ-SB-2]豊かな社会の実現に向けたトップアスリート養成の社会的意義「活用」の観点から
*菊 幸一1 (1. 国士館大学大学院)
<演者略歴>
体育・スポーツ社会学を専攻。九州大学、奈良女子大学、筑波大学を経て、現在国士舘大学大学院特任教授。教育学博士(筑波大学)。日本スポーツ体育健康科学学術連合代表、前日本体育・スポーツ・健康学会会長、前日本スポーツ社会学会会長(現在顧問)、前文部科学省学習指導要領作成協力者(高校保健体育、座長)など。
体育・スポーツ社会学を専攻。九州大学、奈良女子大学、筑波大学を経て、現在国士舘大学大学院特任教授。教育学博士(筑波大学)。日本スポーツ体育健康科学学術連合代表、前日本体育・スポーツ・健康学会会長、前日本スポーツ社会学会会長(現在顧問)、前文部科学省学習指導要領作成協力者(高校保健体育、座長)など。
国際競技力向上をめざすトップアスリート養成は、これまで<発掘→育成→強化>という時間軸でそのパスウエイが想定され、ひたすらメダル獲得に向けた施策や事業が展開されてきた。しかし、今日の国際的なスポーツビッグイベントにおけるゲームは、スポーツそれ自体のゲームと並行して、あるいはそれ以上に国際政治における政治的ゲームやグローバル経済における経済的ゲームのアリーナ(場)と化している。トップアスリートのパフォーマンスは否応なくこの2つのゲームに巻き込まれる身体性を有しているのだ。多額の税金や経済資本を投入して養成されたトップアスリートは、これら2つのゲームの手段や消費・消耗的な存在であってはならないだろう。これから求められる豊かな社会が、これまでの消耗・消費を最善とする産業型社会とは異なり、成熟型社会の循環・共生的ライフスタイルによって実現されるとすれば、トップアスリート養成の社会的意義はどのように変化せざるを得ないのであろうか。本報告では、文明(テクノロジー)と自然(エコロジー)の最前線(フロンティア)に身を置くトップアスリートだからこそ実現可能な両者の融和への示唆やその危機に対する予知的可能性といった、ポスト「強化」における「活用」の観点から新たな社会的意義について論じる。
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