講演情報

[10316-20-03]課題指向型練習を通じて現実的目標設定に至った,早期自宅退院を希望した脳卒中片麻痺患者の一例

*澁谷 ありい1 (1. 鶴巻温泉病院)

キーワード:

脳血管障害、課題指向型訓練

【目的】早期自宅退院を希望した脳卒中患者が,課題指向型練習を通じて自己の能力と生活環境を再評価し,現実的な目標設定に至る過程を明らかにすること.
【対象】対象は70代女性,アテローム血栓性脳梗塞を発症し,第14病日に当院回復期リハビリテーション病棟へ入院した.発症前は夫と2人暮らしで,動物の世話や家事を担うなど自立した生活を送っていた.入院時の評価は,BRS(Brunnstrom Stage)右上肢Ⅴ・手指Ⅰ・下肢Ⅴ,FMA(Fugl-Meyer Assessment)は運動項目25点,MAL(Motor Activity Log)はAOU0.07点,QOM0.14点であった.認知機能はMMSEで17点,FIMは78点(運動46点,認知32点)であった.2ヶ月間のリハビリテーションにより患者は結髪や和服の着用が可能となり,自立した生活の再獲得を望んだが,社会的役割への希望は高いものであり,全面的自立の実現は困難が予想された.そのため,日常生活動作の自立度を徐々に向上させる方針を患者と共有し介入することに合意した.介入方針は,個別作業療法による上肢機能練習と日常生活動作における麻痺側上肢の使用促進を目的とした.本研究は対象者および家族から文章による同意を聴取し,当院臨床研究倫理審査小委員会の承認を得て実施した.
【方法】反復促通練習は,電気刺激療法を併用し,肘関節屈曲,手関節背屈,手指屈曲・伸展,母指と示指の対立動作を対象に1日約40分,週7回,4週間にわたり各100回実施した.課題指向型練習は,反復促通練習から段階的に移行し,同様に1日40分,週7回実施した.内容は,包丁の把持,犬のブラッシング,結髪など生活関連動作を取り入れた.麻痺手の使用は,整容,食事動作で補助手として開始し徐々に使用範囲を拡大した.目標設定は,患者の希望,MALとFMAの結果を2週ごとに確認し,目標の重要性および優先度について再評価を行った.
【結果】第85病日には,右上肢・手指・下肢すべてのBRSがⅤ,FMA運動項目60点,MALはAOU3.85点,QOM3.69点,MMSEは19点まで改善した.FIMは118点(運動86点,認知32点)となり,屋内歩行は自立,入浴を除くADLは修正自立に至った.当初の目標の一部は修正され,和服から洋服への変更,髪型はお団子状から一結びとなった.また,自宅訪問を契機に患者は「最低限自分で行うべきこと」を認識し,家事動作は夫の協力を得ながら行うと自ら判断を変更した.課題指向型練習および模擬動作を通じて能力向上を実感した上で第93病日での退院となった.
【考察】本事例は,早期自宅退院を希望する脳卒中片麻痺患者が,課題指向型練習を通じて自己の機能的能力と生活状況を踏まえた現実的目標設定に至り,自立度を向上させて早期退院を実現した事例である.患者は動作の試行錯誤を通じて,「自分でできること」と「家族に委ねること」の線引きを明確にし,生活再構築に必要な役割分担の再認識がなされた.課題指向型練習は,身体機能の改善だけでなく患者個人の生活背景や役割を反映した目標設定支援の手段としても有効であると考えられる.