講演情報
[i4CY8toL-03]紛争後社会におけるビジネスを通じた女性の自立と心の健康
*片柳 真理1 (1. 広島大学大学院人間社会科学研究科国際平和共生プログラム 教授 (日本))
キーワード:
女性のエンパワーメント
第二次世界大戦の終結以降、国際社会は着実に平和のための規範を作り上げてきた。また、人権規範においても、世界人権宣言に始まり数々の条約を採択してきた。こうしてより良い世界への道を歩んでいると思われた社会が、驚くべき逆境にある。大国の政治家が国際法を順守する意思はないと宣言し(Baio 2026)、武力の行使をためらわず、日々使用される武器によってどれだけの環境破壊が起こっているのかを私たちは正確に知ることもできない。紛争下の文民に人道支援を届けることを阻む戦略は、意図的に飢餓を引き起こすことすらある(Conley & de Waal 2019)。このように、特に国際人道法と国際人権法を無視した武力紛争の遂行は、人々の健康を害することになる。
本報告では、人権、特に女性の健康に対する権利が武力紛争によってどのように侵害され、それに対してどのように正義の実現が試みられ、女性自身がどのようにレジリエンスを体現しているのかを検討する。本報告者は、以前から人権に基づく平和構築を提唱してきたが(片柳 2017)、人権に基づく平和構築アプローチは開発の分野ほど広く認知されていない。平和という概念は文化的・政治的背景によって多様に理解される。平和学において知られる、直接的暴力のみならず構造的暴力がない社会を示す積極的平和に近い概念として、すべての人々の基本的人権が等しく実現される社会を平和と考えるならば、そのような社会をつくるための努力を平和構築と呼ぶことができる。
しかし、武力紛争においてはしばしば重大かつ組織的な人権侵害が起こる。人権の一つである健康に対する権利は、武力攻撃による負傷、死亡(この場合は生命の権利すら失われる)、人道支援の妨害による栄養失調や飢餓、衛生環境の悪化による疫病、さらには武器としての性暴力として損なわれる。近年、国際人道法に違反して文民や学校・病院などの非軍事的施設が狙われることにより、老若男女を問わず被害者は多数にのぼるが、武器としての性暴力の被害者は圧倒的に女性が多い。性暴力を含む紛争中の人権侵害については、実際に何が起こったのかを明らかにし、その原因を究明し、再発を防ぐために移行期正義が重要になる。平和の解釈が多様であるように、正義をどのようにとらえるかにも文化的・社会的な多様性がある。そして被害者にとっての正義が実現されなければ、平和構築にも困難を伴う。民族浄化やジェノサイドなどが起こった社会では、公正な裁判の実施は容易ではない。また、身体的、精神的な傷は移行期正義を通じても癒されないことがある。
2000年に採択された国連安全保障理事会決議1325号は、女性が紛争中に男性とは異なる被害を受けることを確認するとともに、平和のエージェントとしての女性の役割を確認した。紛争によって日常を壊された女性たちはどのように立ち直ることができるのか。一つの方法は、経済的自立である。そのために、ビジネスが果たし得る役割は大きい。例えば、民族浄化で夫や息子を殺された女性たちが、編み物の伝統的技能を活かしてビジネスを立ち上げ、民族を超えて協力している事例がある(片柳 2026)。自立することは自尊心の回復、心の健康の回復につながり、司法や真実和解委員会などの制度による移行期正義が実現しない場合でも、自らと社会の関係性を修復し、また、経済的・社会的な諸権利を行使することができる。即ち、外部から与えられることのない正義を自ら実現することになる。このようなエンパワーメントを経て、プラネタリーヘルスにも貢献する企業家に成長する潜在性が生まれる。
参考文献
片柳真理「人権に基づく転換的平和構築」『国際政治』第186号、2017 年1月、64‐79頁.
——「紛争後の社会で共創を生み出すビジネス—ボスニア・ヘルツェゴビナの事例—」、大和里美、友次伸介、竹下智編著『現代社会の課題と共創』大学教育出版、2026年、106-116頁.
Baio, Ariana. (2026). “Trump: I don’t need international law – only one thing limits my power”, Independent, 9 January 2026. https://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-politics/trump-venezuela-greenland-international-law-b2897367.html
Conley, B., & De Waal, A. (2019). The purposes of starvation: Historical and contemporary uses. Journal of International Criminal Justice, 17(4), 699-722.
本報告では、人権、特に女性の健康に対する権利が武力紛争によってどのように侵害され、それに対してどのように正義の実現が試みられ、女性自身がどのようにレジリエンスを体現しているのかを検討する。本報告者は、以前から人権に基づく平和構築を提唱してきたが(片柳 2017)、人権に基づく平和構築アプローチは開発の分野ほど広く認知されていない。平和という概念は文化的・政治的背景によって多様に理解される。平和学において知られる、直接的暴力のみならず構造的暴力がない社会を示す積極的平和に近い概念として、すべての人々の基本的人権が等しく実現される社会を平和と考えるならば、そのような社会をつくるための努力を平和構築と呼ぶことができる。
しかし、武力紛争においてはしばしば重大かつ組織的な人権侵害が起こる。人権の一つである健康に対する権利は、武力攻撃による負傷、死亡(この場合は生命の権利すら失われる)、人道支援の妨害による栄養失調や飢餓、衛生環境の悪化による疫病、さらには武器としての性暴力として損なわれる。近年、国際人道法に違反して文民や学校・病院などの非軍事的施設が狙われることにより、老若男女を問わず被害者は多数にのぼるが、武器としての性暴力の被害者は圧倒的に女性が多い。性暴力を含む紛争中の人権侵害については、実際に何が起こったのかを明らかにし、その原因を究明し、再発を防ぐために移行期正義が重要になる。平和の解釈が多様であるように、正義をどのようにとらえるかにも文化的・社会的な多様性がある。そして被害者にとっての正義が実現されなければ、平和構築にも困難を伴う。民族浄化やジェノサイドなどが起こった社会では、公正な裁判の実施は容易ではない。また、身体的、精神的な傷は移行期正義を通じても癒されないことがある。
2000年に採択された国連安全保障理事会決議1325号は、女性が紛争中に男性とは異なる被害を受けることを確認するとともに、平和のエージェントとしての女性の役割を確認した。紛争によって日常を壊された女性たちはどのように立ち直ることができるのか。一つの方法は、経済的自立である。そのために、ビジネスが果たし得る役割は大きい。例えば、民族浄化で夫や息子を殺された女性たちが、編み物の伝統的技能を活かしてビジネスを立ち上げ、民族を超えて協力している事例がある(片柳 2026)。自立することは自尊心の回復、心の健康の回復につながり、司法や真実和解委員会などの制度による移行期正義が実現しない場合でも、自らと社会の関係性を修復し、また、経済的・社会的な諸権利を行使することができる。即ち、外部から与えられることのない正義を自ら実現することになる。このようなエンパワーメントを経て、プラネタリーヘルスにも貢献する企業家に成長する潜在性が生まれる。
参考文献
片柳真理「人権に基づく転換的平和構築」『国際政治』第186号、2017 年1月、64‐79頁.
——「紛争後の社会で共創を生み出すビジネス—ボスニア・ヘルツェゴビナの事例—」、大和里美、友次伸介、竹下智編著『現代社会の課題と共創』大学教育出版、2026年、106-116頁.
Baio, Ariana. (2026). “Trump: I don’t need international law – only one thing limits my power”, Independent, 9 January 2026. https://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-politics/trump-venezuela-greenland-international-law-b2897367.html
Conley, B., & De Waal, A. (2019). The purposes of starvation: Historical and contemporary uses. Journal of International Criminal Justice, 17(4), 699-722.
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