講演情報
[T14-P-1]石材を用いた有形の伝統工芸の存続に必要な無形の手掘り採石技術の継承について:土佐硯の存続に向けた挑戦、課題、展望
*浦本 豪一郎1、壹岐 一也2、山田 明慧1、谷川 亘3 (1. 高知大学、2. 三原硯石加工生産組合、3. 海洋研究開発機構)
キーワード:
土佐硯、伝統工芸、採石技術
石製の文化財・伝統工芸品は,その製作過程における石の加工技術が職人技として注目されるものだが,石材は,露頭から採石されるものなので,その採石技術(現場での石の見立て,採石道具の使用法)も文化継承の根幹をなすものといえる.そうした採石作業も,今では重機を用いて大規模に行われることが一般化し,作業自体は職人技に依存しない場面も多い.しかし,小規模生産を特徴とする伝統工芸品の製作に必要な採石作業は,手掘り採石に依存していることが多い.そのため,“無形”の手掘り採石技術もまた,伝統文化存続のために必須の要素になっている.有形の文化と無形の技術の継承を一体的に捉える視点が必要と言えよう.
高知県の伝統特産品「土佐硯」は,手掘り採石で得られた四万十帯南帯の粘板岩「三原石」を用いて製作されている.三原石は白雲母・緑泥石・石英・斜長石を主成分とし,ミクロスケール鉱物粒子が硯面に鋒鋩(墨を磨るための構造)を形成することで,墨が細やかに磨れるという特性を示す(浦本ほか,2023, 2025).三原石の採掘露頭である三原村西部の「源谷坑」では,1992年を最後に採石が行われておらず,30年以上にわたって露頭が手つかずとなっていた.2021年には,若手の硯職人が源谷坑を試掘したが,三原石は得られなかった(浦本・壹岐,2025).こうした状況の背景には,手つかずとなった露頭の風化が進行した側面もあるが,採石技術の継承など複合的な要因で,三原石が得られなかったことが考えられる.本発表では,著者らによる「土佐硯」の研究実践(Uramoto et al., 2026)を通じて直面した技術継承の現状と課題を整理し,今後の展望を議論したい.
著者らは,現地調査・過去の採石記録の検証・職人へのインタビューに基づき,露頭の現状と採石技術の継承状況を体系的に検討した.その結果,採石が困難になった要因として以下の二点が明らかになった.第一に,露頭の風化の進行である.現地調査における携帯型XRFで得られた主要元素データから,30年以上前の採石時に形成された削岩孔および亀裂が雨水浸透の経路となり,黄鉄鉱の溶解に起因するとみられる間隙水のpH低下と珪酸塩鉱物の溶解,鉄酸化物の沈殿というプロセスを通じて岩盤内の風化が進行したことが示唆された.これによって,採取可能な粘板岩の厚さが限られている.
第二に,より本質的な課題として,採石技術の断絶がある.源谷坑内で三原石の得られる層準は限られている.過去の職人は特定の暗灰色粘板岩層のみを対象に採石していた.しかしながら,適切な層準の見立て(岩相・変色・割れ目の判断)と,採石道具(ショーレン(長鉄棒)・ツルハシなど)の使用方法を組み合わせた手掘り技術は,若手職人に継承されていなかった.2021年の試掘では層位を問わず露頭各所を採石した結果,三原石が得られなかったものと判断される.ただし,これは三原石の枯渇を意味するのではない.適切な技術継承がなければ、石材資源は「不可視」となってしまうことを示している.
以上を踏まえた今後の展望として,(1)三原石の採石適合層準の記録,(2)採石痕跡・採石道具の利用・石質判断基準の体系的文書化,(3)地質学的知見を取り込んだ実践的な技術継承プログラムの構築,という三段階の統合的アプローチが必要である.技術継承を職人・地質学者・地域コミュニティの連携のもとで進め,最終的には源谷坑の露頭保全も含めることが,土佐硯工芸の持続的存続に向けた鍵となると考えられる.
文献:浦本ほか,2023,地質学雑誌,129,461-467; 浦本ほか,2025,堆積学研究,83,3-13; Uramoto et al., 2026, Geoheritage, 18, 98; 浦本・壹岐,2025,堆積学研究,83,2.
高知県の伝統特産品「土佐硯」は,手掘り採石で得られた四万十帯南帯の粘板岩「三原石」を用いて製作されている.三原石は白雲母・緑泥石・石英・斜長石を主成分とし,ミクロスケール鉱物粒子が硯面に鋒鋩(墨を磨るための構造)を形成することで,墨が細やかに磨れるという特性を示す(浦本ほか,2023, 2025).三原石の採掘露頭である三原村西部の「源谷坑」では,1992年を最後に採石が行われておらず,30年以上にわたって露頭が手つかずとなっていた.2021年には,若手の硯職人が源谷坑を試掘したが,三原石は得られなかった(浦本・壹岐,2025).こうした状況の背景には,手つかずとなった露頭の風化が進行した側面もあるが,採石技術の継承など複合的な要因で,三原石が得られなかったことが考えられる.本発表では,著者らによる「土佐硯」の研究実践(Uramoto et al., 2026)を通じて直面した技術継承の現状と課題を整理し,今後の展望を議論したい.
著者らは,現地調査・過去の採石記録の検証・職人へのインタビューに基づき,露頭の現状と採石技術の継承状況を体系的に検討した.その結果,採石が困難になった要因として以下の二点が明らかになった.第一に,露頭の風化の進行である.現地調査における携帯型XRFで得られた主要元素データから,30年以上前の採石時に形成された削岩孔および亀裂が雨水浸透の経路となり,黄鉄鉱の溶解に起因するとみられる間隙水のpH低下と珪酸塩鉱物の溶解,鉄酸化物の沈殿というプロセスを通じて岩盤内の風化が進行したことが示唆された.これによって,採取可能な粘板岩の厚さが限られている.
第二に,より本質的な課題として,採石技術の断絶がある.源谷坑内で三原石の得られる層準は限られている.過去の職人は特定の暗灰色粘板岩層のみを対象に採石していた.しかしながら,適切な層準の見立て(岩相・変色・割れ目の判断)と,採石道具(ショーレン(長鉄棒)・ツルハシなど)の使用方法を組み合わせた手掘り技術は,若手職人に継承されていなかった.2021年の試掘では層位を問わず露頭各所を採石した結果,三原石が得られなかったものと判断される.ただし,これは三原石の枯渇を意味するのではない.適切な技術継承がなければ、石材資源は「不可視」となってしまうことを示している.
以上を踏まえた今後の展望として,(1)三原石の採石適合層準の記録,(2)採石痕跡・採石道具の利用・石質判断基準の体系的文書化,(3)地質学的知見を取り込んだ実践的な技術継承プログラムの構築,という三段階の統合的アプローチが必要である.技術継承を職人・地質学者・地域コミュニティの連携のもとで進め,最終的には源谷坑の露頭保全も含めることが,土佐硯工芸の持続的存続に向けた鍵となると考えられる.
文献:浦本ほか,2023,地質学雑誌,129,461-467; 浦本ほか,2025,堆積学研究,83,3-13; Uramoto et al., 2026, Geoheritage, 18, 98; 浦本・壹岐,2025,堆積学研究,83,2.
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