講演情報
[J-P-8]武蔵高等学校に保管されている鹿角化石の分類学的・層序学的再検討
*武蔵 高等学校1 (1. 武蔵高等学校)
研究者氏名:鈴江晋弥・貫井一登・小嶋千洋
東京都練馬区の武蔵高等学校中学校の標本庫には,戦前に収集された学術的に貴重な生物・化石等の標本が多く収蔵されている.今回報告する鹿角化石(以下,本標本)もその一つで,現在の千葉県市原市北東部に相当する千葉県市原郡市東村から,1926年に当時の旧制武蔵高等学校の生徒らによって採集されたものである.当初は岸田久吉によって Elaphurus wadai と呼ばれた.その後,当時の旧制武蔵高等学校の講師である和田八重造氏と関わりのある研究者の間で,本標本の分類について多くの議論がなされてきた.例えば,鹿間 (1936) は Elaphurus cfr. davidianus(シフゾウに比較される種)に,高井 (1938) は Sika nippon(=Cervus nippon; ニホンジカ)に,直良 (1944; 1997) は Cervus kazusensis(=Cervus (Nipponicervus) kazusensis; カズサジカ)に,それぞれ同定している.今回,本標本について再同定を行い,カズサジカ C. kazusensis であるという結論を得た.また,本標本とともに保管されていた資料を検討した結果,本標本の産地とその層準が判明したので報告する.
本標本は角座から第1分岐より遠位までの角幹と第1枝の近位部が保存されている.表面はかなり摩耗しており,伸長方向に沿って角畝が走るが,小瘤は発達しない.第1分岐点の高さ,角幹基部が最小となる位置の矢状径や横径,第1枝の分岐角の計測を行った結果,以下のことが分かった.角幹基部が最小となる位置での横径/矢状径の値は0.82である.第1分岐の高さは角座基部から62mmで,その角度は88度である.表面に小瘤が見られない,第1分岐が高い,角幹基部が最小となる位置での横径/矢状径の値が0.81–0.92の範囲に収まるなどの特徴は,樽野ほか (2018) で挙げられているカズサジカの特徴と一致する.また,先行研究で本標本の同定結果として挙げられているシフゾウとニホンジカは,第一分岐の高さがシフゾウは本標本よりも高く (森北・白井, 私信) ,ニホンジカは本標本よりも低い (樽野ほか, 2018) 点で区別できる.さらに,カズサジカの近縁種として知られるニホンムカシジカ C. praenipponicus は,角の形態的特徴がカズサジカと連続的であり,区別することが難しい (樽野ほか, 2018) ことから,本報告ではカズサジカの新参異名として扱う.よって,本標本はカズサジカに同定するのが適当であり,この結論は直良 (1944; 1997) の見解を支持する.
本標本と同じ棚には,本標本が産出した露頭の当時のスケッチ,写真,産地周辺の簡単な地図などの資料が保管されていた.スケッチには各層の層厚や産地の当時の地名などが,写真には本標本の産出位置や斜交葉理が,それぞれ記録されていた.これらの資料から得られた産地についての情報と,中里・佐藤 (2016) で記載されている市原市北東部の露頭の柱状図を比較検討した結果,層厚や堆積構造の特徴が市原市高倉にある中期更新統下総層群藪層の露頭(以下,高倉の崖)と一致した.これに基づき2025年12月に現地調査を実施し,当時の産地の周辺地形が現在の高倉の崖と一致することを確かめた.高倉の崖は大半が植生に覆われており,層厚の計測や堆積構造の確認はできなかった.一方,本標本の産出位置付近には露頭が残存しており,貝化石などが採集できた.採集された貝化石は,高倉の露頭と同じ藪層である同市瀬又の群集とよく一致し,本標本の産出層準が藪層であることを支持している.加えて,Kawamura (2009) によると,カズサジカの生息期間は前期更新世〜後期更新世末であり,藪層の年代と矛盾しない.従って,本標本の産地は高倉の崖である.
以上のことから,武蔵高等学校中学校の標本庫に保管されていた鹿角化石はカズサジカであり,その産地は藪層の高倉の崖であることが明らかになった.海成層である藪層からは陸生動物化石の報告がほとんどなく,本標本は当時の陸生動物相を理解する上で重要な資料であると考えられる.
参考文献
・Kawamura, 2009. Sika Deer, 11–25.
・中里・佐藤, 2016. 地質調査総合センター速報, (71), 55–78.
・直良, 1944. 日本哺乳動物史. 271p.
・直良, 1997. 日本および東アジアの化石鹿. 294p.
・鹿間, 1936. 地質雑, 43 (510), 168–176.
・高井, 1938. 地質雑, 45 (541), 745–763.
・樽野ほか, 2018. 大阪市立自然史博研究報告, (72), 81–151.
東京都練馬区の武蔵高等学校中学校の標本庫には,戦前に収集された学術的に貴重な生物・化石等の標本が多く収蔵されている.今回報告する鹿角化石(以下,本標本)もその一つで,現在の千葉県市原市北東部に相当する千葉県市原郡市東村から,1926年に当時の旧制武蔵高等学校の生徒らによって採集されたものである.当初は岸田久吉によって Elaphurus wadai と呼ばれた.その後,当時の旧制武蔵高等学校の講師である和田八重造氏と関わりのある研究者の間で,本標本の分類について多くの議論がなされてきた.例えば,鹿間 (1936) は Elaphurus cfr. davidianus(シフゾウに比較される種)に,高井 (1938) は Sika nippon(=Cervus nippon; ニホンジカ)に,直良 (1944; 1997) は Cervus kazusensis(=Cervus (Nipponicervus) kazusensis; カズサジカ)に,それぞれ同定している.今回,本標本について再同定を行い,カズサジカ C. kazusensis であるという結論を得た.また,本標本とともに保管されていた資料を検討した結果,本標本の産地とその層準が判明したので報告する.
本標本は角座から第1分岐より遠位までの角幹と第1枝の近位部が保存されている.表面はかなり摩耗しており,伸長方向に沿って角畝が走るが,小瘤は発達しない.第1分岐点の高さ,角幹基部が最小となる位置の矢状径や横径,第1枝の分岐角の計測を行った結果,以下のことが分かった.角幹基部が最小となる位置での横径/矢状径の値は0.82である.第1分岐の高さは角座基部から62mmで,その角度は88度である.表面に小瘤が見られない,第1分岐が高い,角幹基部が最小となる位置での横径/矢状径の値が0.81–0.92の範囲に収まるなどの特徴は,樽野ほか (2018) で挙げられているカズサジカの特徴と一致する.また,先行研究で本標本の同定結果として挙げられているシフゾウとニホンジカは,第一分岐の高さがシフゾウは本標本よりも高く (森北・白井, 私信) ,ニホンジカは本標本よりも低い (樽野ほか, 2018) 点で区別できる.さらに,カズサジカの近縁種として知られるニホンムカシジカ C. praenipponicus は,角の形態的特徴がカズサジカと連続的であり,区別することが難しい (樽野ほか, 2018) ことから,本報告ではカズサジカの新参異名として扱う.よって,本標本はカズサジカに同定するのが適当であり,この結論は直良 (1944; 1997) の見解を支持する.
本標本と同じ棚には,本標本が産出した露頭の当時のスケッチ,写真,産地周辺の簡単な地図などの資料が保管されていた.スケッチには各層の層厚や産地の当時の地名などが,写真には本標本の産出位置や斜交葉理が,それぞれ記録されていた.これらの資料から得られた産地についての情報と,中里・佐藤 (2016) で記載されている市原市北東部の露頭の柱状図を比較検討した結果,層厚や堆積構造の特徴が市原市高倉にある中期更新統下総層群藪層の露頭(以下,高倉の崖)と一致した.これに基づき2025年12月に現地調査を実施し,当時の産地の周辺地形が現在の高倉の崖と一致することを確かめた.高倉の崖は大半が植生に覆われており,層厚の計測や堆積構造の確認はできなかった.一方,本標本の産出位置付近には露頭が残存しており,貝化石などが採集できた.採集された貝化石は,高倉の露頭と同じ藪層である同市瀬又の群集とよく一致し,本標本の産出層準が藪層であることを支持している.加えて,Kawamura (2009) によると,カズサジカの生息期間は前期更新世〜後期更新世末であり,藪層の年代と矛盾しない.従って,本標本の産地は高倉の崖である.
以上のことから,武蔵高等学校中学校の標本庫に保管されていた鹿角化石はカズサジカであり,その産地は藪層の高倉の崖であることが明らかになった.海成層である藪層からは陸生動物化石の報告がほとんどなく,本標本は当時の陸生動物相を理解する上で重要な資料であると考えられる.
参考文献
・Kawamura, 2009. Sika Deer, 11–25.
・中里・佐藤, 2016. 地質調査総合センター速報, (71), 55–78.
・直良, 1944. 日本哺乳動物史. 271p.
・直良, 1997. 日本および東アジアの化石鹿. 294p.
・鹿間, 1936. 地質雑, 43 (510), 168–176.
・高井, 1938. 地質雑, 45 (541), 745–763.
・樽野ほか, 2018. 大阪市立自然史博研究報告, (72), 81–151.
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