講演情報
[S1-O-10](招待講演)古生代における無脊椎動物の上陸と多様化
*今田 弓女1 (1. 京都大学大学院理学研究科生物科学専攻)
キーワード:
陸上進出、生痕化石、節足動物
本講演では、節足動物を中心とする無脊椎動物の陸上進出と、その後の多様化について概説する。海で起源した動物にとって、陸上進出は、乾燥、重力、温度変化、呼吸媒体の変化などに対応するため、空気呼吸、支持・歩行、浸透圧調節、感覚・行動・繁殖様式の改変を伴う大きな進化的転換であった。さらに動物の上陸は、陸上に分解者、植食者、捕食者を成立させ、植物、菌類、微生物を含む物質循環と食物網を形成した。したがって、その進化史の解明は、現在につながる陸上生態系が、いつ、どのような順序で構築されたかを理解するうえで重要である。だが、無脊椎動物はきわめて多様であり、形態的特徴に基づく従来の分類体系では、動物門間の関係や節足動物内部の大系統についても多くの見解が併存してきた。その後、系統ゲノム解析によって動物の高次系統関係は大きく更新されてきたが、こうした新たな系統枠組みに、古生物学、機能形態学、発生学および生態学の知見を統合し、無脊椎動物の上陸と陸上生態系の成立を包括的に論じた資料は依然として限られている。
無脊椎動物の上陸史は、体化石、生痕化石、分子系統解析、比較ゲノミクスなどを統合して復元される。体化石は外骨格、付属肢、呼吸器官、消化管内容物などを直接示すが、小型の陸上動物は保存されにくく、記録は分類群・産地が大きく偏る。一方、足跡、這跡、巣穴、糞化石、植物化石に残る食痕などの生痕化石は、動物本体が残らない地層でも歩行や摂食などの行動や生息環境の拡大を推定する有力な手がかりとなる。日本国内でも、東アジア最古の潜葉痕など、植食性昆虫の行動進化に示唆を与える発見が得られている(Imada et al. 2022)。分子系統と分子時計は化石記録の空白を補い、節足動物の複数系統が独立に上陸した年代を推定する(Lozano-Fernandez et al., 2016)。また、現生動物のゲノムや発生機構の比較は、呼吸や排泄などの既存機構が上陸時にどのように転用されたかを検証する。
最初期の陸上生態系では、節足動物が主要な動物群であった。体化石、生痕、糞化石などは、脊椎動物の上陸以前から、節足動物が腐食者・菌食者、捕食者として複数の栄養段階を構成していたことを示す。節足動物の上陸は、潮間帯、沿岸低地、淡水域などを経由して複数系統で進行した。シルル紀までには陸生の鋏角類や多足類が現れ、前期デボン紀のライニー・チャートでは、節足動物が植物、菌類、微生物とともに保存されている。維管束植物の大型化と植生の立体化は、新たな餌資源と生息空間を供給し、腐食・菌食から生きた植物組織の利用へと相互作用を拡張させた。石炭紀には森林の拡大とともに六脚類(昆虫など)が多様化し、飛翔、植食、捕食に特化した機能群が発達した。
一方、各系統の上陸年代と移行経路、空気呼吸器官の獲得環境については、化石と分子時計の推定が必ずしも一致しない。とくに、生痕をもたらした動物分類群の推定や食物網の復元には大きな不確実性が残り、土壌動物・植物食者群集の成立過程は十分には分かっていない。
近年は、X線や三次元解析による内部構造の可視化、生痕と体化石の統合、系統・ゲノム解析、古生態系のネットワークモデルが発展している(Otoo, 2025)。今後はアジアを含む未調査地域で探索を推進する必要がある。さらに現生の半陸生系統の機能形態・ゲノム・発生と化石記録を接続し、「いつ上陸したか」から、「どの機能がどの順序で獲得され、生態系の成立と多様化をどう駆動したか」へと研究を展開することが期待される。
引用文献
Imada, Y. et al. (2022) Sci. Rep. 12: 5254. doi:10.1038/s41598-022-09262-1.
Labandeira, C. C. and Wappler, T. (2023) Annu. Rev. Entomol. 68: 341–361. doi:10.1146/annurev-ento-120120-102849.
Lozano-Fernandez, J. et al. (2016) Philos. Trans. R. Soc. B 371: 20150133. doi:10.1098/rstb.2015.0133.
Otoo, B. K. A. (2025) Front. Ecol. Evol. 13: 1606225. doi:10.3389/fevo.2025.1606225.
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