セッション詳細
学校保健体育研究部会【課題A】テーマ別シンポジウム/学校保健体育における「良質」を問い直す―ウェルビーイング時代の視座―
2026年9月1日(火) 15:40 〜 17:40
北翔大学332教室(教育研究棟 3号棟 3F)
コーディネーター:坂本 拓弥(筑波大学)、植田 真帆(東海学園大学)
本シンポジウムは、これからの学校保健体育の在り方を展望するために、そこにおける「良質」とは何かを改めて問い直すことを目的とする。この試みの背景には、以下のような問いがある。
学校教育を巡る議論において、保健体育以外に、教科名に「良質(な)」という表現を用いている教科があるだろうか。「良質な国語」や「良質な数学」などの表現は、管見の限りほとんどなく、それらは「良質な文章」や「良質な問題」のように言い換えられている。また、「良質な音楽」や「良質な美術」と言えば、おそらく学校教育とは異なる文脈の議論を想起させるであろう。
これらの用例を踏まえると、「良質な体育」という表現の特殊/異質性が明らかになる。そしてそれは、なぜ保健体育について「良質な」という表現が用いられているのか、また、我々はその表現によって何を言わんとしているのか、といった問いを浮かび上がらせる。もちろん、今日言及される「良質な体育」は、多くの場合、UNESCO(2015)が提唱した「Quality Physical Education:QPE」を指しているだろう。それは、「Child Protecting and Safeguarding」と「Physical Literacy」、そして「Inclusion」の3つの中心的価値に基づいて、真にインクルーシヴな体育の在り方を目指す理念として捉えられている。
しかし、その理念は、これまで日本において実践されてきた保健体育の授業や、それに関する多くの研究の蓄積と、どのように接続されているのだろうか。その接続が適切になされなければ、「QPE:良質な体育」という概念とそこから派生した言説のみが先行し、これまでの我々の実践やその歴史は、単に時代遅れのものとして忘却されていくのではないだろうか。
以上の問題意識を背景に、本シンポジウムでは特に、体育の授業研究に関する「歴史」、「インクルーシヴとウェルビーイング」、さらには保健体育に限定されない「教育学」、の3つの視点より、学校保健体育が謳う「良質」について議論を深め、その捉え直しを試みてみたい。そうすることによって、我々が実践し、論じ、そして目指すべき「良質な体育」とは一体何なのかを探り、学校保健体育の今とこれからについての1つの展望を描いてみたい。
学校教育を巡る議論において、保健体育以外に、教科名に「良質(な)」という表現を用いている教科があるだろうか。「良質な国語」や「良質な数学」などの表現は、管見の限りほとんどなく、それらは「良質な文章」や「良質な問題」のように言い換えられている。また、「良質な音楽」や「良質な美術」と言えば、おそらく学校教育とは異なる文脈の議論を想起させるであろう。
これらの用例を踏まえると、「良質な体育」という表現の特殊/異質性が明らかになる。そしてそれは、なぜ保健体育について「良質な」という表現が用いられているのか、また、我々はその表現によって何を言わんとしているのか、といった問いを浮かび上がらせる。もちろん、今日言及される「良質な体育」は、多くの場合、UNESCO(2015)が提唱した「Quality Physical Education:QPE」を指しているだろう。それは、「Child Protecting and Safeguarding」と「Physical Literacy」、そして「Inclusion」の3つの中心的価値に基づいて、真にインクルーシヴな体育の在り方を目指す理念として捉えられている。
しかし、その理念は、これまで日本において実践されてきた保健体育の授業や、それに関する多くの研究の蓄積と、どのように接続されているのだろうか。その接続が適切になされなければ、「QPE:良質な体育」という概念とそこから派生した言説のみが先行し、これまでの我々の実践やその歴史は、単に時代遅れのものとして忘却されていくのではないだろうか。
以上の問題意識を背景に、本シンポジウムでは特に、体育の授業研究に関する「歴史」、「インクルーシヴとウェルビーイング」、さらには保健体育に限定されない「教育学」、の3つの視点より、学校保健体育が謳う「良質」について議論を深め、その捉え直しを試みてみたい。そうすることによって、我々が実践し、論じ、そして目指すべき「良質な体育」とは一体何なのかを探り、学校保健体育の今とこれからについての1つの展望を描いてみたい。
