講演情報

[S09-01]統計モデルを用いた大地震前の前震活動加速現象に関する全世界的調査

*小山 凱1、西川 友章2 (1. 京都大学 理学研究科、2. 京都大学 防災研究所)
PDFダウンロードPDFダウンロード
大地震の前駆現象に関する研究は、地震の予測可能性を議論する上で極めて重要である。特に、大地震前の前震活動は活発に研究されており、例えばBouchon et al. (2013)は、環太平洋のプレート境界で発生した多くの大地震の直前に前震発生数が加速度的に増加したと主張した。また、Nishikawa & Ide (2018)は、2008年に茨城県沖で発生したM6.9のプレート境界地震の数日前に、加速的な前震の群発活動があったと報告している。さらに、数値シミュレーションや室内岩石実験においても、大地震の直前に前震発生数が加速度的に増加することが示唆されている(McLaskey, 2019; Ito & Kaneko, 2023など)。しかし、Bouchon et al. (2013)は、地震活動のクラスタリングの影響を十分に考慮できていないことなどが批判されており(Felzer et al., 2015)、Nishikawa & Ide (2018)も、解析対象が茨城県沖に限られており、同様の加速現象が他の大地震においてどの程度一般的であるのかは不明である。 そこで、本研究では、世界標準の地震活動統計モデルであるETASモデル(Ogata, 1988)を用いて、大地震前の前震活動について全世界的調査を実施した。前震活動を評価するために、数値シミュレーションや岩石実験の結果を参考に、大地震前の前震活動の加速を表す項(=L/(Teq - t + d)q)をETASモデルに新たに加えた。この項は大地震(本震)発生時刻に至るまでの地震発生レートの加速を記述し、tは時刻、Teqは本震発生時刻、L, d, qは新たなパラメータである。 さらに、上記のモデルに基づき、前震活動の特徴を定量化する新たな指標を定義した。まず、地震発生時刻における地震発生レート(定常な背景レート、余震発生レート、前震発生レートの合計)のうちの前震項の割合を「前震確率」と定義し、各地震に対して計算した。前震確率が50%を上回る地震を前震と定義し、その個数を「前震個数」とした。また、全前震の半数が含まれる期間を「前震50%期間」と定義し、前震活動の特徴的な時定数とみなした。本研究では、前震個数と前震50%期間を用いて前震活動を定量化する。上記の新たなモデルと指標を、ANSS地震カタログの2000年から2024年に発生した全世界のM6.5以上の大地震(284個)に適用し、大地震の震央から100km以内、大地震前の10年以内に発生したM4.5以上の地震活動を解析した。 その結果、284個の大地震のうち、8個(約2.8%)の大地震の前に顕著な加速現象が確認された。ここでは、前震個数が10個以上、前震50%期間が5日以下の前震活動を顕著な加速と評価した。例えば、Nishikawa & Ide (2018)で解析された、2008年に茨城県沖で発生したM6.9の地震や、2008年にバヌアツ沈み込み帯で発生したM7.3の地震は、特に顕著な前震活動の加速を示した。2008年の茨城県沖の地震は前震個数15個、前震50%期間0.025日を記録し(L=0.42, d=0.042日, q=2.1)、2008年のバヌアツの地震は前震個数10個、前震50%期間0.05日を記録した(L=0.73, d=0.061日, q=1.7)。 さらに、地震活動の加速現象が大地震前に特有の現象であるか検証するために、ランダムに抽出した地震前の地震活動に同様の解析を行った。また、余震活動の連鎖による偶然の加速現象の影響を評価するため、ETASモデルで生成した合成カタログに対しても同様の解析を行った。その結果、ランダムに抽出した地震では、約2%の割合で有意な加速現象が確認され、大地震前の地震活動とランダムに抽出した地震前の地震活動との間に有意な差がないことを示した。一方で、合成カタログでは、加速した地震活動の割合は2%よりも有意に低く(約0.3%)、地震活動の加速現象が余震の連鎖による見かけの加速では説明できないことを示した。日本および台湾におけるより高精度の地域カタログでも同様の解析を行い、M6.0以上の地震を大地震として解析したところ、ANSSの解析と一貫した結果となった。 ランダムに抽出した地震の解析、合成カタログの解析から、地震活動の加速は大地震前に特有の現象ではないこと、余震の連鎖による見かけの加速ではないことが示唆された。これらの結果から、大地震前に特有ではない、スロースリップなどの非地震性過程が地震活動の加速を誘発している可能性が考えられる。本研究は、観測、実験、シミュレーションに基づき大地震の最も有力な前駆現象の一つと考えられてきた前震活動の加速が、予測において十分な能力を持たないことを示している。