講演情報
[P08-12]豊後水道及び東海地域における長期的スロースリップとスラブ内間隙流体圧場の関係
*村岡 宏亮1、寺川 寿子1 (1. 名古屋大学)
スロー地震とは,通常の地震よりもゆっくりと滑る断層滑り運動であり,同規模の通常地震と比べると低周波成分に富んでおり,特徴的な周波数帯や継続時間などから,低周波微動,超低周波地震,短期的・長期的スロースリップ(Slow Slip Event, SSE)などに分類されている(e.g., 小原, 2009).スロー地震の発生メカニズムには高圧な間隙流体圧が重要な役割を果たすものと考えられている.これまでに,Warren-Smith et al.(2019)はヒクランギ沈み込み帯で発生するSSE震源域直下のスラブ内の応力場の時間変化を調べ,SSE発生前に主応力の相対比が減少することをとらえ,これがスラブ内の間隙流体圧の上昇を反映したものであると主張した.しかし,具体的な間隙流体圧レベルは推定されていない.本研究では,長期的SSEが繰り返し発生する豊後水道及び東海地域において,SSE震源域直下のフィリピン海スラブ内地震のメカニズム解と応力場の関係から直接的にスラブ内間隙流体圧レベルを推定し(Terakawa et al., 2010),SSE発生との関係を調べることを目的とする.まず,対象地域の応力場を推定するために,地震のデータセットを作成する.防災科学技術研究所F-net地震モーメントテンソルカタログ(F-netカタログ,M≥3.5)およびF-netのカタログに未記載の気象庁一元化震源カタログ(M≥1.8)の地震のデータを使用した.さらに,より正確な応力場の推定のために,震源位置の更新を行った.特に海域の震源決定精度向上を目指し,hypoTD法(Horiuchi et al.,2024)によって再決定した震源位置に書き換えた.それらの地震のメカニズム解(期間1997.1-2024.12)のデータを用い,CMTデータインバージョン法(Terakawa and Matsu’ura, 2008)により対象地域の応力場を推定した.次に,フィリピン海プレート形状データ(Hashimoto et al.,2004)を考慮してSSE震源域直下で発生したスラブ内地震を抜き出した.地震時には断層強度と剪断応力が一致することに着目し,震源の応力場と地震のメカニズム解の関係から,地震を駆動した間隙流体圧レベルを表すC値(間隙流体圧の静水圧からのずれを静岩圧と静水圧の差で規格化した値, Overpressure coefficient C)を計算し,SSE発生とスラブ内間隙流体圧場の関係を調べた.SSEの発生場所や継続期間などのデータは,Kobayashi et al.(2017)や Seshimo et al.(2023)などを参考にした.2つの地域について,SSEが発生していない期間(inter-SSE期間)とSSE発生中(intra-SSE期間)でC値の平均値を比較すると,豊後水道では0.151±0.012,0.162±0.033となり,東海地域で0.150±0.013,0.133±0.017となり,inter-SSE期間とintra-SSE期間の間隙流体圧レベルの差は有意ではない結果となった.次に比較的規模の大きなF-netカタログの地震のみを用いて同様の解析をすると,豊後水道では0.149±0.015,0.103±0.022,東海地域では0.138±0.027,0.088±0.019となり,ともにinter-SSE期間の方がC値が高く,推定誤差を考慮しても有意な差が認められる結果となった.一般に,規模の大きな地震は主に応力場に支配されて発生し,C値は低くなる傾向がある.一方,規模の小さい地震では間隙流体圧場の影響を受けやすく,応力条件の悪い断層面でも地震が発生しやすいため,C値が高くなる地震が多くなる.このことから,規模の小さい地震においては,SSE発生前後の期間(inter-およびintra-SSE期間)におけるC値の差が大きくなることが予測される.しかしながら,本研究における解析結果では,これとは逆の傾向が観測された.この現象の要因として,以下の二点が考えられる.第一に,SSE発生前にスラブ内の応力レベルが上昇し,通常は地震が発生しにくい応力条件の悪い断層面においても規模の大きな地震が誘発される可能性がある.しかし,SSE発生前後の応力変化量は,スラブ内の絶対応力に対して微小であり,加えてSSEの震源から離れるにつれ応力変化量は減衰するはずである.したがって,SSE発生前の応力レベルの上昇が地震活動にもたらす影響は小さいと考えられる.第二に,Miller et al.(2000)により示された,間隙流体圧場の空間変動スケールが時間的に変化するというメカニズムが挙げられる.地震の破壊過程に伴い,高圧の間隙流体を含む孔隙のサイズが拡大することで,応力条件の不利な断層面においても,より大きな地震が発生しやすくなる可能性がある.今回得られた結果が後者のメカニズムを支持するものであるとすれば,スラブ内におけるb値の時間的変動とSSEの発生との間に,何らかの相関関係が存在する可能性が示唆される.今後は,スラブ内地震におけるb値の詳細な時系列解析を通じて,SSEとの関連性を明らかにすることが求められる.
