講演情報

[P22-14]深層学習を用いた地震波形デノイザーにおける損失関数の工夫

*重村 篤希1 (1. 東京海洋大学)
PDFダウンロードPDFダウンロード
はじめに
地震観測において得られる波形データは、しばしば環境ノイズや観測機器の雑音によって劣化しており、これが解析精度の低下や地震発生過程の理解を妨げる要因となっている。特に微小地震や遠地地震の観測では信号対雑音比が低下しやすく、精度の高い自動検出や位相読取を困難にする。従来は帯域通過フィルタやスタッキングなどの信号処理が用いられてきたが、周波数成分の欠落や歪みを招くことも多い。近年は深層学習を応用したデノイザーの研究が進められており、より柔軟にノイズを抑制しつつ地震波形の特徴を保持する手法が期待されている。
課題
これまで広く用いられてきた深層学習ベースのデノイザーでは、主に時間領域における平均二乗誤差(MSE)が損失関数として利用されてきた。しかしMSEのみでは、振幅差を最小化することには寄与する一方で、波形の位相情報や周波数成分の再現性が十分ではないという課題があった。その結果、復元波形が見かけ上は滑らかになるものの、地震学的に重要な高周波成分が失われる場合がある。とりわけ初動部や短周期成分の劣化は、震源過程解析や自動位相読取の性能低下につながるため、より多面的な損失設計が必要となる。
提案手法
本研究では、時間領域のMSEに加え、短時間フーリエ変換(STFT)に基づく周波数領域損失(STFT Loss)を導入することで、両者を組み合わせた学習を行った。STFT Loss は、入力波形と復元波形のスペクトログラム差を最小化するものであり、以下の式で表される:Ltotal=LMSE+λ・LSTFT
ここでLMSEは時間領域での平均二乗誤差、LSTFTは複素スペクトルの差分に基づく損失、λは両者のバランスを調整する重み係数である。MSE が波形全体の大局的な整合性を確保する一方、STFT Loss がスペクトルの細部を補償する役割を果たす。これにより、復元波形は滑らかさを保ちながら高周波成分を維持し、より物理的に妥当な地震波形の再現が期待できる。
実装上の工夫
モデルは1次元畳み込みを基盤としたオートエンコーダを採用し、損失関数の組み合わせを中心に検討を行った。学習過程においては、MSE のみで学習した場合と比較し、STFT Loss を組み合わせた場合には復元波形の周波数特性が改善される傾向が確認された。特に初動部付近の保存性が向上し、位相判定などの下流タスクへの有効性が示唆された。また、STFT Loss の重みを小さく設定することで、過度に周波数情報に引きずられることなく、時間領域の整合性を維持することができた。
今後の展望
今回の試みは損失関数設計に焦点を当てたものであり、さらなる改良の余地がある。例えば、多尺度STFTを導入することで異なる時間解像度におけるスペクトル情報を同時に学習させることや、U-Net構造を適用して空間的特徴をより効果的に抽出することが考えられる。また、復元結果を位相読取やイベント検出といったタスクに実際に適用することで、本手法の有効性を定量的に評価することが今後の課題である。
まとめ
本研究では、従来のMSE中心の学習では不十分であった周波数成分の再現性を補うために、STFT Loss を組み合わせた損失関数設計を提案した。これにより、時間領域と周波数領域の両面から波形再現を行い、地震学的に重要な特徴を保持しつつノイズを抑制する可能性を示した。本手法は今後、地震波形解析の精度向上や自動処理手法の高度化に資するものと期待される。