講演情報

[S10-06]嘉永(安政)東海・南海地震前後の地震活動復元に向けた有感記録の抽出とその特性に関する検討-『竹斎日記稿』を例として-

*石辺 岳男1,2、西山 昭仁3、原田 智也4 (1. 公益財団法人地震予知総合研究振興会、2. 統計数理研究所、3. 奈良文化財研究所、4. なし)
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本研究では特に嘉永(安政)東海・南海地震発生前後の地震活動復元を目的として,主として現在の三重県松阪市射和(いざわ)町で記録された『竹斎日記稿』(松阪大学地域社会研究所,平成3年~10年〈1991~1998年〉,計11冊)中の有感記録を抽出するとともに,その回数の時間的変遷について検討した.『竹斎日記稿』は竹川竹斎によって記された日記(『竹川竹斎日記』)の活字本(翻刻版)である.竹川竹斎は伊勢国飯野郡射和村に本拠を持ち,両替商を主業とする伊勢商人で,幕府為替御用方も勤めた竹川家一族のうち東竹川家の七代目当主であり,諱は政胖(まさやす)という.当日記は,所々に欠年・欠月があるものの,概ね文政九年(1826年)~明治十五年(1882年)の57年間分,全75冊が伝存している.『竹川竹斎日記』(『竹斎日記稿』の原本)中の有感記録については,都司・他(2005)でも論じられているが,本研究では当日記の欠年・欠月による欠測期間を明らかにし,有感を記録した時刻や記述等を含めて改めて抽出・整理した.
 その結果,文政十三年(1830年)から明治十四年(1881年)に至る52年間中に100件以上の有感記録が抽出された.竹川竹斎は,隠居前は頻繁に射和と江戸とを行き来しており,文政末年から嘉永初年(1830~1850年)頃の有感記述には,射和ではなく江戸滞在中に感じたものも含まれる.『竹斎日記稿Ⅶ』には,1854年嘉永(安政)伊賀上野地震の有感記述や被害記述が数多くみられるが,嘉永七年十一月は五日までしか記述がなく,十二月十日から記述が再開している.そのため,1854年嘉永(安政)東海・南海地震の有感記述は殆ど見受けられない.嘉永七年六月十五日条には,「十四日 折々夕立(中略) 一今夜九ツ八分時大地震 夫ゟ夜明迄二三十度震 いつれも表ニ出夜を明し候者多由也 宅本家等門も崩不出初ゟ後可被強事無之故也 震北方ゟ来ル」との記述がみられ,1854年嘉永(安政)伊賀上野地震によって射和村の本宅などの門が崩れ,夜明けまでに20~30回の揺れ(余震)のあった状況が分かる.この他に,美濃国西部の地震の発生日である天保四年(1833年)四月九日条には,「九日 雨天 折々大雨 九ツ半頃地震 中位也」と九ツ半(正午頃)に中程度の揺れのあった状況が,播磨・丹波国の地震の発生日である元治二年(1865年)一月廿九日条には,「廿九日 天気のとか 今晩七ツ時地震長し 昼前ゟ曇りと成」と長時間にわたって揺れが感じられた状況がそれぞれ記録されている.
 記録地点として一部江戸が含まれているものの,有感記録の発生時の無作為性による完全性の統計学的検討には影響がないため,石辺・他(2023,歴史地震)と同様にSchuster検定を用いた完全性の検討を実施した.なお,これまでに検討した『真覚寺日記』や『社家御番所日記』に比べて有感記録が少ないため,揺れの程度による分類はせずに,すべての有感記録を用いた検討に留めた.その結果,『真覚寺日記』や『社家御番所日記』を対象とした結果と同様に,夜間の有感記録数が昼間のそれに比べ統計学的に有意に少ないことが示された.歴史時代の地震活動復元や,近年の気象庁震度データベースとの比較において,有感記録の不完全性(夜間の検知・記録漏れ)について考慮する必要性を強く示唆する.
 1944年昭和東南海地震や1946年昭和南海地震の発生前に,その震源域において地震活動度が低下する静穏化現象が発生していた可能性が指摘されている(例えば,尾形,2003).また,(巨)大地震発生前の地震活動の静穏化は2011年東北地方太平洋沖地震等でも報告されている.一方で大地震の発生頻度は低いためにその事例研究は必ずしも十分とは言えない.『竹斎日記稿』中の有感記録は,三重県松阪市射和町における有感記録として,1854年嘉永(安政)東海・南海地震発生前後の地震活動を復元する上で重要な情報となり得る.より多くの地点で記録された同時期の史料中の有感記録についても調査し,有感記録の時間変化が生じた要因(場所や期間等)について検討を継続する必要があるが,都司・他(2005)によって示唆されているように,嘉永(安政)東海・南海地震前にも地震活動の静穏化が起きていた可能性が考えられる.近年の「日記史料有感地震データベース」の構築ならびに公開も一助となり,史料中の有感記録を活用した歴史地震研究は増えつつある.有感を記録した史料は,記録地点における歴史時代の震度観測点と見做すことができ,歴史時代における地震活動復元に関する調査研究や,被害地震の実在性を含む震源像の再検討に資するデータとなり得る.今後も継続的に有感記録の収集・整理を実施していきたい.

謝辞:本研究は,令和6年度ならびに7年度東京大学地震研究所共同利用における地震・火山噴火の解明と予測に関する公募研究(「史料中の有感記録の完全性・均質性を考慮した歴史時代の地震活動解析,研究代表者:石辺岳男)の一環として実施された.