講演情報
[T10-O-9][招待講演]地質記録とモデリングから読み解くスラブーマントル境界における物質移動
*大柳 良介1,2、岡本 敦3 (1. 国士舘大学、2. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、3. 東北大学)
【ハイライト講演】沈み込むスラブの脱水反応は,スラブとマントル間で大規模な物質移動を起こす.そのため,沈み込み帯ではH2O流体のみを考慮したモデルでは予測されない多様な鉱物が生成する.本講演では,温度勾配及び沈み込む堆積物から放出される流体を考慮した,東北日本と西南日本の前弧マントルにおける流体フラックス及び鉱物組み合わせについて紹介する.また,そのモデルをもとに各沈み込み帯における炭素循環や地震活動について考察する.(ハイライト講演とは...)
キーワード:
変成岩、スラブーマントル境界、交代作用
沈み込むスラブによる脱水反応はマントルウェッジに流体を供給し(Van Keken et al., 2011)、マントルウェッジを構成する鉱物を変化させる。これまで、マントルウェッジを構成する鉱物の分布は岩石とH2O流体の相平衡論に基づいて議論され、マントルウェッジ先端は蛇紋岩、深部ではChlorite-lherzoliteが分布するモデルが提案されている(Abers et al., 2017)。しかし、沈み込むスラブから放出される流体は純粋なH2O流体ではなく、炭素やスラブを構成する元素(SiやAlなど)が溶け込んだ流体である。その結果、スラブとマントル間で大規模な物質移動が起き、マントルウェッジの底部では、H2O流体のみを考慮したモデルでは予測されない多様な鉱物(滑石や緑泥石や炭酸塩鉱物など)が生成する。三波川帯の泥質片岩と蛇紋岩の境界では、交代作用の痕跡である反応帯がしばしば観察される(Okamoto et al., 2024)。反応帯のマスバランス計算から、泥質片岩から超塩基性岩へSi、Al、Caが供給されていることが明らかになっている(Oyanagi et al., 2023)。一方、このような交代作用の進行が深さ方向でどのように変化しているかは不明である。
本研究では、沈み込む堆積物から放出される流体とマントルウェッジの交代作用のモデリングを行った。モデリング結果から、沈み込む堆積物から放出される流体の化学組成を制約するとともに、その流体とマントル岩石が反応した結果どのような鉱物が生成しうるかを制約する。また、鉱物組み合わせの深さ変化も同時に制約する。モデル計算は、暖かい沈み込み帯と冷たい沈み込み帯のエンドメンバーとされている西南日本と東北日本を対象とした。計算では、沈み込み帯それぞれの温度構造や堆積物の組成を組み込んだ。西南日本では炭素は炭酸塩と炭質物として沈み込むが、東北日本では炭素は主に炭質物として沈み込む(Clift, 2017)。本研究におけるモデル計算は主に3つのステップで構成されている。まず、沈み込み帯特有の堆積物の全岩化学組成を用いて、スラブ表面の温度構造に沿った含水量の深さ変化と流体の化学組成を求めた。次に、計算された含水量やプレートの沈み込み速度から流体フラックスを求めた。計算された流体フラックスと流体の化学組成を用いて、前弧マントルにおける鉱物組み合わせを制約した。モデル計算は、ギブス自由エネルギー最小化プログラムであるPerple_Xを用いて行った。
計算によって得られた、沈み込む堆積物から放出される流体化学組成は東北日本と西南日本で顕著な違いを示した。東北日本では、流体はNaとSiに富み、Cは Siより1桁ほど低い濃度を示した。一方で西南日本では、流体はCに富む組成を示し、C濃度はSi濃度より1桁ほど高かった。沈み込む流体のフラックスを計算した結果、東北日本では変成堆積岩の脱水反応は70−90kmで起きることがわかった。島弧モホ(30km)から70km深さまでは脱水反応は観察されない。一方で西南日本では、沈み込んだ堆積岩は、島弧モホ(35km)から80kmの深度でマントルに流体を供給することがわかった。本研究で示された流体フラックスの計算結果は、既存の計算結果と整合的であった(Abers et al., 2017)。本研究において、東北日本と西南日本のモデルで予測された流体フラックスや流体化学組成の違いは、前弧マントルで生成する鉱物の違いを生み出すことが予想される。講演では、東北日本と西南日本の前弧マントルで生成する鉱物の予測結果を踏まえ、炭素循環や地震活動への影響を考察する。
Abers, G.A., van Keken, P.E., and Hacker, B.R., 2017, Nature Geoscience, v. 10, p. 333–337.
Clift, P.D., 2017, Reviews of Geophysics, v. 55, p. 97–125.
van Keken, P.E., Hacker, B.R., Syracuse, E.M., and Abers, G.A., 2011, Journal of Geophysical Research: Solid Earth, v. 116.
Okamoto, A., Nagaya, T., Endo, S., and Mizukami, T., 2024, Elements, v. 20, p. 83–883.
Oyanagi, R., Uno, M., and Okamoto, A., 2023, Contributions to Mineralogy and Petrology, v. 178, p. 27.
本研究では、沈み込む堆積物から放出される流体とマントルウェッジの交代作用のモデリングを行った。モデリング結果から、沈み込む堆積物から放出される流体の化学組成を制約するとともに、その流体とマントル岩石が反応した結果どのような鉱物が生成しうるかを制約する。また、鉱物組み合わせの深さ変化も同時に制約する。モデル計算は、暖かい沈み込み帯と冷たい沈み込み帯のエンドメンバーとされている西南日本と東北日本を対象とした。計算では、沈み込み帯それぞれの温度構造や堆積物の組成を組み込んだ。西南日本では炭素は炭酸塩と炭質物として沈み込むが、東北日本では炭素は主に炭質物として沈み込む(Clift, 2017)。本研究におけるモデル計算は主に3つのステップで構成されている。まず、沈み込み帯特有の堆積物の全岩化学組成を用いて、スラブ表面の温度構造に沿った含水量の深さ変化と流体の化学組成を求めた。次に、計算された含水量やプレートの沈み込み速度から流体フラックスを求めた。計算された流体フラックスと流体の化学組成を用いて、前弧マントルにおける鉱物組み合わせを制約した。モデル計算は、ギブス自由エネルギー最小化プログラムであるPerple_Xを用いて行った。
計算によって得られた、沈み込む堆積物から放出される流体化学組成は東北日本と西南日本で顕著な違いを示した。東北日本では、流体はNaとSiに富み、Cは Siより1桁ほど低い濃度を示した。一方で西南日本では、流体はCに富む組成を示し、C濃度はSi濃度より1桁ほど高かった。沈み込む流体のフラックスを計算した結果、東北日本では変成堆積岩の脱水反応は70−90kmで起きることがわかった。島弧モホ(30km)から70km深さまでは脱水反応は観察されない。一方で西南日本では、沈み込んだ堆積岩は、島弧モホ(35km)から80kmの深度でマントルに流体を供給することがわかった。本研究で示された流体フラックスの計算結果は、既存の計算結果と整合的であった(Abers et al., 2017)。本研究において、東北日本と西南日本のモデルで予測された流体フラックスや流体化学組成の違いは、前弧マントルで生成する鉱物の違いを生み出すことが予想される。講演では、東北日本と西南日本の前弧マントルで生成する鉱物の予測結果を踏まえ、炭素循環や地震活動への影響を考察する。
Abers, G.A., van Keken, P.E., and Hacker, B.R., 2017, Nature Geoscience, v. 10, p. 333–337.
Clift, P.D., 2017, Reviews of Geophysics, v. 55, p. 97–125.
van Keken, P.E., Hacker, B.R., Syracuse, E.M., and Abers, G.A., 2011, Journal of Geophysical Research: Solid Earth, v. 116.
Okamoto, A., Nagaya, T., Endo, S., and Mizukami, T., 2024, Elements, v. 20, p. 83–883.
Oyanagi, R., Uno, M., and Okamoto, A., 2023, Contributions to Mineralogy and Petrology, v. 178, p. 27.
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