講演情報

[T15-P-1]日立古生層の大甕層をカンブリア系に再定義

*田切 美智雄1 (1. 日立市郷土博物館)
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キーワード:

日立古生層、カンブリア系、変成花崗斑岩、変成火山岩類、U-Pb放射年代

阿武隈山地南端の日立地方には変成作用を受けた古生代の地層が広く分布し、主にカンブリア系日立火山深成複合岩体、石炭系大雄院層、ペルム系鮎川層と時代未詳の大甕層で構成されている(田切ほか、2016)。大甕層は渡邊(1920)、黒田・倉林(1952)、田切・大倉(1979)によって大甕噴出岩類として記載が行われており、その当時はペルム系鮎川層に整合的に重なる地層とみられていた。地層は変成火山岩類を主とし、枕状溶岩やスコリア質火砕岩、凝灰岩などから構成され、溶岩の中には斑晶輝石や石基斜長石が残存しているのが記載された。一方、大甕層には頻繁に変成花崗岩類が含まれており、大甕層に対する地質学的関係が未整理であった。U-Pb放射年代法が普及すると、この変成花崗岩類の放射年代測定が行われ、金光ほか(2011)がおよそ480Ma、田切ほか(2016)が496Maを報告したが、変成花崗岩類と大甕層との関係を考察するには至らなかった。一方、大甕層に近接してウミユリやフズリナを多産するペルム系〜石炭系の石灰岩が露出し、従来は大甕層の一部とみられていた。
 今回、改めて大甕層の地質調査を行い、変成花崗岩類と大甕噴出岩類との関係を明らかにするとともに、U-Pb放射年代の追加測定を行い、大甕層の地質時代を確定させるとともに、鮎川層との地質構造的関係を提案した。
 岩脈状の変成花崗岩類が従来から報告されているので、それらを改めて調査し、周囲の変成火山岩類との関係や岩脈の走向、岩相変化、放射年代測定を行った。変成花崗斑岩の貫入境界は見えないが、貫入方向N65ºWは変成火山岩類の走向(N65ºE)と斜交している。厚さ約5mの変成花崗斑岩の中心部と縁部の岩石薄片を作成し検鏡したところ、中心部の岩石は粗粒結晶からなり、微文象組織のカリ長石や細粒な球果組織が含まれる岩相であった。縁部の岩石は中粒から細粒の組織で、微文象組織のカリ長石は含まれず、極細粒な球果組織が含まれていた。このことは、縁部が急冷組織であることを示しており、この変成花崗斑岩が岩脈であることを示している。この変成花崗斑岩についてジルコンを分離し、U-Pb放射年代を測定したところ、534±38Ma(インターセプト年代)、524.6±9.1Ma(207Pb-206Pb年代)が得られた。これらの結果は、大甕層がカンブリア系であることを示している。改めて、大甕層をカンブリア系の変成火山岩類・花崗岩類からなる地層と定義する。この岩相はカンブリア系日立火山深成複合岩体の原岩岩相と極めて類似している。
 大甕層に近接して産する石灰岩は上部古生代の岩石であるから、これらは大甕層ではない。大甕層は鮎川層のみかけ上位に重なっている。大甕層分布域の東側の標高の低い場所には、ペルム系鮎川層が再び現れる。久慈中学校校庭のボーリングコアでも鮎川層が分布しているのが確認されている。これらの分布状況は、大甕層が鮎川層の上に衝上していると仮定すると、うまく説明できる。推定衝上断層は西側の鮎川層との境界部では約20°南東傾斜、東側の鮎川層石灰岩との境界部では緩く南東に傾斜していると推定した。衝上断層で大甕層が鮎川層の上に載る状況を地質図と断面図で示した。
謝辞:茨城県自然博物館の総合調査の一部として調査を実施した。関係者に謝意を表す。岩石博片は島崎純生氏による。
引用文献
金光ほか、2011、日本地質学会第118年学術大会講演要旨、T-10-O6. 黒田・倉林、1952、地質学雑、58、55-62.田切ほか、2016、地質学雑、122、231-247.田切・大倉、1979、地質学雑、85、679-689.渡邊、1920、地質学雑,27、441-450.

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