講演情報

[T3-O-5]広島県内の自然災害伝承碑の石材について
-繰り返しの災害を示す水害碑に着目して-

*猪股 雅美1 (1. 香川大学)
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キーワード:

自然災害伝承碑、石材、繰り返しの災害

1 はじめに
 自然災害伝承碑とは,過去に発生した自然災害についての様相や被害の状況などが記載されている,石碑やモニュメントのことである.地域の災害リスクを伝える内容が記載されていることが多く,地域住民の防災学習への活用が期待されている.
 白亜紀後期の広島花崗岩が分布する広島県では,これまでに豪雨により繰り返し土砂災害が発生している.そのため,中国地方の5県では自然災害伝承碑が県内に81基と最も多く建立されている1).水害碑は78基で,その中で繰り返しの災害を示すのは9基である.熊原ほか2)は広島県内で近代後半以降から2017年までに建立された水害碑50基について,碑文の内容から建立意図を「被災」「復旧」「慰霊」「頌徳(しょうとく)」に分類した.災害情報を含む「被災」が記載されていたのは,50基のうち33基であった.しかし当時調査された50基のうち,繰り返しの災害を示す水害碑3基の建立意図は,それぞれ「慰霊」「頌徳」「被災/復旧」で,必ずしも繰り返しの災害を示す水害碑が災害情報の伝承を意図しているわけではなかった.

2 研究目的
 水害碑の石材を明らかにすることで碑文内容以外の情報を追加し,被災の教訓を後世に伝えることが可能ではないかと考え,石材を中心に調査を実施することにした.特に繰り返しの災害を示す水害碑には,建立経緯で碑文内容以外の情報が多く含まれていると考え,今回は繰り返しの災害を示す水害碑に着目した.

3 研究方法
 広島県内の繰り返しの災害を示す水害碑9基の石材について,岩相より周辺地質との比較をおこなった.さらに,建立時の情報について,文献や地域住民へのインタビュー調査をおこなった.調査対象の9基とその立地についてTable1およびFig.1に示す.
 
4 結果
 呉市に建立された水害碑3基(水害碑番号3,4,5)は,いずれも周辺地質3)と同じ中-粗粒黒雲母花崗岩であった.また,尾道市の植林事業施功碑(水害碑番号7)も周辺地質4)と同じ黒雲母花崗岩で,これら水害碑の石材と建立場所の地質が同じと考えられる4基は,土石流災害を受けて建立されていた.2021年に坂町小屋浦に建立された水害碑(水害碑番号9)の石材は地域地質3)と異なるが,2018年に発生した土石流の巨礫を併設している(Fig.2).この地では1907年に発生した土石流を記した水害碑が建立されていた.その後も1945年,1965年,2018年と複数回の土石流が発生して甚大な被害を受けたため,繰り返しの災害を伝える新しい水害碑が既存の水害碑と同一敷地内に建立された.水害碑の石材と建立場所の地質が異なるものも4基あった.瀬川卯一翁彰徳碑(水害碑番号1)は,暗緑色の頁岩で葉理構造が確認でき,阿武山周辺に分布する湯来層5)と類似した岩相をもつ.大禹謨(だいうぼ:水害碑番号2)は太田川の河川堆積物で構成された堤防脇に立地しており,石材は西の阿武山の麓などに分布する5)中-粗粒黒雲母花崗岩と同じ岩相を持つ.天井川改修記念碑(水害碑番号6)は約1km北の天井川が合流する沼田川河口に分布する6)ジュラ紀の点紋ホルンフェルスと岩相が類似している.宮本清蔵君之碑(水害碑番号8)は,大崎上島西部または対岸の竹原市などに分布する6)中-粗粒黒雲母花崗岩の岩相であった.大崎上島での住民インタビューでは,堤防改修時に船で大量の石材が島に運び込まれていたという.堤防改修への貢献を示した別の碑の石材も,宮本清蔵君之碑と同じく中-粗粒黒雲母花崗岩であった.

5 考察
 水害碑の石材と建立場所の地質が同じ岩相であったのが土石流災害を受けて建立された水害碑であったことから,土石流により流出した岩石を水害碑に用いた可能性が考えられる.また,建立意図に「頌徳」の要素を持っていたり,大規模な工事を伴う河川改修・堤防改修などの事業を示す水害碑は,地域外から石材が調達されていた環境にあり,碑に適した石材を選択したものと考えられる.

6 まとめ
 水害碑の石材を調査することで,碑文には記されていない建立経緯が推測できた.今後は更なる文献調査の実施と,水害碑の石材と周辺地質との照合のために,非破壊で調査が可能な帯磁率計などを用いて分析を進めたい.

引用文献
1)国土地理院Web(2024)https://www.gsi.go.jp/common/000215229.pdf(2024年5月30日版)
2)熊原康博ほか(2017)広島県内の水害碑に関する追加資料と歴史的変遷,広島大学総合博物館研究報告,9,81-94.
3)東元定雄ほか(1985)1/5万地質図幅呉
4)三土知芳(1931)1/7万5千地質図幅尾道
5)高橋裕平(1991)1/5万地質図幅広島
6)松浦浩久(2001)1/5万地質図幅三津

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