講演情報

[T3-O-8]国産建築石材のカタログ作成に向けた黄色系石灰岩石材の組織観察と非破壊化学分析

*乾 睦子1、中澤 努2、西本 昌司3、平賀 あまな4 (1. 国士舘大学、2. 産総研地質調査総合センター、3. 愛知大学、4. 東京工業大学)
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キーワード:

建築石材、歴史的建築物、石灰岩、大理石

明治時代後半より昭和中期頃まで、日本の西洋建築には舶来だけでなく国産の石材も多く使われていた。当時は国内で数多くの採石場が稼行し産業的に採掘・出荷されていたが、今では多くが閉山または建築石材としての出荷を止めており、国産建築石材はほとんど市場に流通しなくなった。石材は日本の地質資源のひとつであり、それらがどのように日本の社会基盤形成に貢献したかをできるだけ記録しておくべきである。そこで、産地が分からない国産石材を同定できるようにするための基礎的なカタログ作成を開始している。今回は黄色系統の国産石灰岩(結晶質石灰岩を含む)石材の産地による違いを中心に、標本の観察から得られた知見とハンドヘルド型蛍光X線分析(以下XRF)装置を用いた予備分析結果を報告する。
 国産石材は今でも多くの歴史的建築物に見ることができるが、石材産地が分かっている建物は多くはない。例えば、1936年竣工の国会議事堂については石材の産地と使用箇所の記録が文書に残されている(大蔵省営繕管財局編纂, 1938)。しかし詳しい産地の記録がない近代建築物も多く、そのような場合は関係者の証言や目視観察に頼って石材の産地を推定するしかないのが現状である。そこで、関係者に頼らずにより客観的かつ持続可能な方法で石材産地を同定できるようにするために、まず産地が正確に分かっている石材の標本を入手した。矢橋大理石株式会社(本社:岐阜県大垣市)は明治時代後期から現在まで多くの建築物において石工事を請け負ってきた石材会社であり、当時の石材をそのまま保管している。それらは実際にいま近代建築物に用いられているものと同等であることが確実な標本である。石灰岩(結晶質石灰岩)の標本は27銘柄について入手することができ、大板の研磨サンプルの目視観察を行い、色や柄を確認することができた。
 入手できた国産石灰岩石材のうち黄色の色調を特徴とするものに「錦紋黄」(岐阜県;ペルム紀赤坂石灰岩産)、「黄華」(山口県;石炭–ペルム紀秋吉石灰岩産)、「茶竜紋」(徳島県;三畳紀石灰岩産)など、産地の異なる複数の銘柄がある。「錦紋黄」は明治神宮外苑の聖徳記念絵画館(1926年竣工)に、「茶竜紋」は東京国立博物館(1938竣工)の中央ホールに使用された例が知られる。今回入手した標本を観察したところ、「錦紋黄」は非変成の灰白色石灰岩が角礫化したものであるが、一部の礫はやや円磨された形状を示す。礫間の空隙はジオペタル構造を示す黄褐色〜赤褐色の細粒堆積物と等厚状の粗粒方解石結晶によって埋められている。粗粒方解石結晶には、礫表面に沿って等厚状の黄褐色〜赤褐色の縞状構造がみられ、空隙の中心部に向かって黄白色〜白色へと変化する。XRFによりジオペタル構造を示す細粒堆積物からリンが最大で0.3wt%程度とやや多く検出された。「黄華」は非変成〜弱変成の白色石灰岩が角礫化したもので、空隙は暗黄色の粗粒方解石結晶(みかけの長径3cm程度まで)により埋められている。XRFにより空隙の暗黄色方解石結晶からマンガン等いくつかの元素が特徴的に検出された。「茶竜紋」は非変成〜弱変成の灰白色石灰岩からなる。白色の細かい方解石脈が頻繁に発達するが、その方解石脈を切るようにスタイロライトが発達する。またスタイロライト沿いを中心に一部に黄褐色〜赤褐色の斑状の模様がみられ、斑状の部分からは鏡下でドロマイト結晶が観察された。XRFにより斑状部分からマグネシウムがMgO換算で最大8wt%程度とかなり多く検出された。
 これらの銘柄は、今回の標本で見る限り目視で区別することが難しくない程度に外観の違いがあったが、典型的な柄でない部位は区別できるとは限らない。従って、特徴的な黄色部分の化学組成に違いがあり、それが非破壊XRF装置によって検出できる可能性があることは、産地不明石材の客観的な同定につながることが期待できる。使用石材の産地は建築の文化財としての評価にも関係する重要な情報である。今後はこの予備分析の結果を岩石学的に検証するとともに、地質学以外の分野にも提供できるような一般的な指標を示していく必要があると考えている。
 本研究は科学研究費補助金(課題番号22H01674)の助成を受けて実施されている。
〈引用文献〉大蔵省営繕管財局編纂(1938):『帝国議会議事堂建築報告書』710ページ、営繕管財局、東京市。

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