講演情報

[T16-O-21]古生代の大気海洋酸化還元状態の安定性

*尾﨑 和海1 (1. 東京工業大学)
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キーワード:

前期古生代、大気酸素濃度、海洋酸化還元状態、生物地球化学、リン循環

大気海洋の酸化還元状態は,生命進化と密接に関連するとともに生命活動によって影響されてきた.特に前期古生代は大気海洋の富酸素化と動植物の進化,多様化,放散が生じた時代として注目されている.しかしながら,当時の大気海洋化学状態については不明な点が多い.たとえば,大気中酸素(O2)濃度や海洋中リン酸塩濃度は先行研究によって様々な推定値が報告されているのが現状である.大気海洋酸化還元状態の進化や安定性を明らかにするためには,大気海洋系のO2量を規定する生元素(炭素,硫黄,リン)の物質循環過程を包括的に考量した定量的研究が必要である.
 古生代の大気海洋酸化還元状態の決定メカニズムと安定性を評価することを目的とし,新たな理論モデルを開発した.モデルの基本構造は大気海洋酸化還元状態をシミュレート可能なCANOPS-GRBであり,本研究ではこのモデルに無機炭素循環(脱ガスや化学風化,炭酸塩の沈殿)及びエネルギー収支計算を導入することで地質学的時間スケールでの大気組成(CO2, CH4, O2),海洋組成(DIC, ALK, PO4, NO3, NH3, O2, SO4, H2S, CH4)および気候状態の時間変化をシミュレートすることを可能とした.このモデルに対し太陽光度や大陸面積,脱ガス速度,有機物の沈降速度といった境界条件を与えることでカンブリア紀からデボン紀の大気海洋環境の変遷をシミュレートする数値実験を行った.
 標準実験の結果は,カンブリア紀からオルドビス紀の大気中O2濃度は現在よりも低く(現在値の~30-50%),海洋内部に大規模な貧・無酸素環境が形成されていたことを示した.これらは地質記録や地球化学的記録と調和的な結果である.詳細な解析の結果,前期古生代の大気O2濃度は海洋が酸化的状態と還元的状態の境界(アノキシアの縁)付近に位置するように決まっていることが分かった.これは,大気海洋系が貧酸素化するような状況では堆積場からリンが溶脱することで生物生産が促進されることで大気O2濃度が増加し,それ以上の貧酸素化を抑制する負のフィードバック作用が機能していることを意味している.アノキシアの縁の位置は様々な環境要因(海水準や有機物の水中沈降速度)によって影響されるが,いずれの場合も大気O2濃度は海洋がアノキシアの縁に沿うように進化する.さらに,陸上植物の進化は,化学風化の促進と埋没する有機物のC/P比を増加させることで海洋がアノキシアの縁から離れる(酸化的海洋の形成)ことも分かった.
 以上の結果は,カンブリア紀からデボン紀にかけての大気海洋の酸化還元状態の進化という未解明の問題に対し物質循環に基づいたメカニズムを提案するものであり,古生代の地球環境進化の全容解明の足掛かりとなる結果である.

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