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[T16-P-8]ユカタン半島沖の天体衝突クレーター内の熱水変質花崗岩中の有機炭素の起源

*山形 咲乃1、山口 耕生1,2、池原 実3 (1. 東邦大学、2. NASA Astrobiology Institute、3. 高知大学)
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キーワード:

白亜紀、天体衝突、地下生命圏、変質花崗岩、炭素

約65.5Maの白亜紀末、直径約10㎞の小天体がメキシコ・ユカタン半島の北部沖に衝突し、クレーターを形成した(Hildebrand et al., 1991; Geology)。環境が大激変し、恐竜を含む多くの生物が絶滅した(Alvarez et al., 1980; Science)。これらの発見は、陸地や海域に残存する堆積岩や地震波探査によるものだが、天体衝突の爆心地付近の風化や浸食の影響がない良質な岩石を用いた研究、特に地下奥深くのクレーター内部の基盤岩に関する研究は極めて稀であった。2016年春、国際深海科学掘削計画第364次研究航海 (IODP Exp. 364) によって海底下506〜1335 mの約830 mの柱状試料が採取された(Morgan et al., 2017; Proc. IODP)。下部約588m長の変質花崗岩は、天体衝突の際に激烈な熱水変質を受けて部分溶解したために(Riller et al., 2018; Nature, Kring et al., 2020; Sci. Adv.)、空隙率が高い。その空隙には、有機物が存在していることが明らかになっている。
 そこで本研究では、変質花崗岩類の空隙に存在する有機物の起源を探ることを目的とし、上記コアの深度688.6〜1333.6 mから88試料を採取し、Corg量(有機炭素量)、Ccarb量(無機炭素量)、N量(全窒素量)、有機炭素同位体組成 (δ13Corg値)を測定した。Corg量は0.02~0.28 wt.% (Avg. = 0.15 wt.%)、Ccarb量は0~0.57 wt.% (Avg. = 0.14 wt.%)となったが、N量はほぼ全ての試料でCorg量より1桁以上低く、測定限界以下であった。δ13Corg値は−25.8〜−29.7‰(Avg. = −28.6 ‰)であった。標準試料の繰り返し分析に基づく測定誤差は±0.2‰であった。有機物に富む海底堆積物には一般的に見られるCorg量とδ13Corg値の負の相関は、明瞭ではなかった。
 変質花崗岩中に含まれる有機物の起源は、(1) マントル中に含まれる炭素、(2) 衝突時に流れ込んだ海水中の有機物、(3) クレーター形成後に発達した地下生命圏で生成された有機物、が候補として考えられる。(1)の場合、マントル中の炭素の一般的な安定同位体組成(−5‰)とは大きく異なるので、可能性は極めて低いと考える。(2)の場合、よく混合されて均質な海水が持つ−20から−25‰の間の均質なδ13Corg値が、変質花崗岩中に流れ込んで保存されたことが想定できる。しかしながら、本結果のδ13Corg値が持つ4‰という大きな変動範囲および−29‰という低めの平均値を取ることが説明できない。このδ13Corg値は、(3)で、海水流入起源の有機物が、変質花崗岩内の局所的な嫌気的環境で多様な微生物代謝を受けることで、説明が可能である。すなわち、深部地下生命圏での代謝の痕跡として、説明が可能である。一般に、−25‰より低いδ13Corg値は、嫌気的環境で生じるメタンを含む炭素循環(メタン生成、メタン酸化)によるものであることを考慮すると、本研究の結果はクレーター形成後に発達した深部地下生命圏の証拠となりうる。
 従来では生命の大絶滅の文脈で語られることが多かった天体衝突は、クレーター形成と岩石の熱水変質により、新たな生命の生息の場を提供する役割を果たした(Impact Cultivation)、と言える。今後、極微量の窒素の(真空中での段階加熱法による)同位体組成の測定や、硫黄の(SIMSによる)同位体組成の測定を試みて、さらに深部地下生命圏の微生物代謝を明らかにしていきたい。

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