講演情報

[G-P-35]ポリ塩化ビニル製玩具(キンケシ)の同定と示準化石としての可能性

*谷川 亘1,3、中村 璃子3、多田井 修2、中島 亮太1、山口 飛鳥4、山本 哲也1、野口 拓郎3、山本 裕二3 (1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構、2. マリン・ワーク・ジャパン、3. 高知大学、4. 東京大学)
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キーワード:

ポリ塩化ビニル、桧原湖、可塑剤、示準化石、人新世

プラスチックから製造された生活・産業廃棄物の現世堆積物への混入は、人間活動の記録を地層中に保存する役割を果たす。一部のプラスチックは耐候性に優れているため、埋没後も長期間化学的特徴を保持している可能性が高い。2023年に実施した桧原湖沿岸の陸上発掘調査において、陶磁器片、ガラス片、クギなどの近現代の「遺物」に混ざって、プラスチック製と思われる小型玩具を発掘した。玩具は株式会社バンダイ製の「キンケシ」(週刊少年ジャンプに連載されていた漫画「キン肉マン」のキャラクターを模したカプセルトイ)の初期の製品(ロビンマスク、パート1)と類似していた。しかし、製造元に確認したところ、「実物よりも一回り小さいため、本物とは断定できない」という回答をいただいた。そこで本研究では、非破壊分析による岩石物理化学的評価を基にした玩具の同定を試みて、カプセルトイの示準化石としての利用可能性について検討を行った。3DX線顕微鏡を用いた微細内部構造観察、携帯型と連続スキャン型の非破壊蛍光X線分析(XRF)による元素分析、μXRFによる元素マッピング、μXRDを用いた鉱物同定、およびFT-IR(ATR法)による非結晶物質の同定を行った。さらに発売時期の異なるキンケシについて物理化学的特徴を比較した。遺物は長さ39.6mm、質量3.4g、密度1.59g/cm3を示し、本物のキンケシの長さは46mm、質量4.5g、密度1.47g/cm3を示した。成分分析の結果、本物のキンケシは、ポリ塩化ビニル(PVC)、炭酸カルシウム、フタル酸エステル系可塑剤から構成される軟質ポリ塩化ビニル樹脂であることがわかった。各構成比は27:40:33の割合である。また、3DX線顕微鏡分析の結果、遺物は胴体中心部に直径0.1mmほどの穴(空隙)が発達していた。ただし、穴全体の空隙率は約0.1%のため、密度には影響を及ぼさない。XRF分析の結果、遺物は本物と比較して塩素、鉛、ケイ素の増加、およびカルシウムの減少が認められた。μXRDとFT-IR分析の結果、遺物は本物と同じ炭酸カルシウムとフタル酸エステル系可塑剤を含有していることが確認できた。製造年代が新しいキンケシは、古いキンケシと比較して塩素濃度が高く、カルシウム濃度が低く、密度が低くなる傾向が認められた。さらに可塑剤については、年代の古い玩具はフタル酸エステル系で、年代の新しい玩具は非フタル酸エステル系からなることがわかった。 本研究の結果、遺物のキンケシは原物と比較して物理化学的な特徴が大きく異なることが明らかとなった。一方でこの違いは①可塑剤の溶脱、②土壌中の鉛と充填剤中のカルシウムとのイオン交換反応、により説明できる。例えば、遺物の体積と重量の減少は①により説明できる。また、塩素濃度と鉛濃度の増加、およびカルシウム濃度の減少は②で説明できる。遺物の密度の増加は①の要素だけでは説明ができないが、①と②の両方の要素を踏まえると説明可能である。有機溶媒(パラフィン)にキンケシを漬け込むと体積、重量は大きく減少した。一方、発掘地点の土壌に漬け込んでも変化は起こらなかった。フタル酸エステル系可塑剤は微生物や有機物を多く含む河川水には迅速に溶脱することが明らかとなっていることから、本研究では評価できていないが、土壌中の間隙水が遺物中の可塑剤の溶脱に大きな影響を与えていると考えらえる。また、キンケシに硝酸鉛を漬け込んだ実験を実施しているが、1か月程度ではカルシウムと鉛の明確な交換反応は確認できなかった。なお、陸上発掘地点付近には江戸時代から昭和中期まで稼働していた鉱山(桧原鉱山)の採掘跡地があり、発掘現場にも多くのズリを確認した。そのため、鉱山開発と関連する鉛がソースとなり、遺物に変化をもたらした可能性がある。発掘されたキンケシは1983年から1987年の期間に製造されたものである。そのため、キンケシが混入していた土壌は1983年以降の堆積物だと解釈できる。1983年以降、現在に至るまで、様々なシリーズのキンケシが販売されているが、製造期間やシリーズごとに物理化学的な特徴が異なることが分かった。特に、1990年頃からフタル酸エステル類の規制の拡大により、同時期以降に製造されたキンケシも非フタル酸系の可塑剤に代替したものと考えらえる。キンケシは累計約1億8千万個の販売実績があり、カプセルトイ市場はいまもなお急拡大している。そのため、今後本調査と同様に堆積物中にカプセルトイが混入する事例の増加が見込まれる。過去に製造されたポリ塩化ビニル製玩具の物理化学的な特徴をリスト化しておくことで、未来の指標化石としての活用が期待できる。 【謝辞】本研究はJSPS科研費 JP22H00028の助成により実施。株式会社バンダイ社から情報提供等の協力いただいた。

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