講演情報
[T13-O-5]諏訪湖堆積物中の植物由来有機分子を用いた内陸山間地域における最終氷期以降の古植生・古気候変動の復元
*福地 亮介1、沢田 健1,2、葉田野 希3 (1. 北海道大学理学院自然史科学専攻、2. 北海道大学大学院理学研究院地球惑星科学部門、3. 長野県環境保全研究所)
キーワード:
バイオマーカー、諏訪湖、最終氷期、山間湖、古植生
[はじめに]最終氷期から完新世にかけては急激な気候変動が繰り返されたことが海洋堆積物や氷床コアなどから復元されている。近年,内陸域においても湖沼堆積物や石筍などを用いてグローバルな気候変動との対比が行われている。一般に周辺古環境の復元においては、均質な堆積相を記録した堆積物が用いられる一方、湖沼は水域の拡大縮小に応じて河川域や湿原などの環境に遷移しやすく、そのような多様で非定常的な環境の堆積物は古環境・古気候研究において重要な情報源になり得る。特に山岳域では気候変動に起因して堆積環境が変化するといった,より急激な応答を記録している可能性がある。中部山岳地域に位置する長野県の諏訪湖は湖面積が大きく変動しており、湖岸で掘削された陸上コアでは多様な堆積相が認定されている。特にヤンガードリアス期や8.2kaの寒冷乾燥化イベントでは湖水位が大きく低下し、湖成相中に古土壌が形成されるといった全球的な気候変動との関連性が指摘されている(Hatano et al., 2024)。本講演ではおもに植物由来テルペノイドを用い、最終氷期以降の諏訪湖周辺の古植生および古環境・古気候変動の復元を行った研究成果を報告する。
[試料と方法] 本研究では2020年に諏訪湖の湖岸で採取された堆積物コア(コアST2020)を用いた。コアの年代はAMS14C年代測定により決定し、コアの最下部で約2.7万年前を示す。コア試料は1~2cm層厚で採取し、溶媒抽出成分をカラムで分画しGC-MS測定によりバイオマーカー分析を行った(福地ほか, 2023)。コアST2020では堆積学的な調査から、下位より氾濫原相(Floodplain)、沼沢相(Pond)、湖成相(Lacustrine)、デルタ相(Delta plain)が認定されており、堆積環境の大きな変化が推定される(Hatano et al., 2023)。
[結果と考察] 堆積物試料からは主に植物ワックスに由来する長鎖n-アルカン、植物テルペノイドとして裸子植物由来のジテルペノイド、被子植物由来のトリテルペノイドがおもに検出された。すべてのジテルペノイド濃度に対するスギオール(Sugiol/DTs)、トタロール(Totarol/DTs)、デヒドロアビエチン酸(DAA/DTs)の濃度の比を植生指標とした。スギオールとトタロールは主にマツ科以外のスギ科、ヒノキ科に由来する化合物であり、Sugiol/DTs比とTotarol/DTs比は針葉樹全体に対するスギ科、ヒノキ科の寄与を示す。DAAは多くの針葉樹によって合成されるが特にマツ科において卓越することに加え、諏訪湖では湖底堆積物の花粉分析によって主要な針葉樹植生がマツ科、イチイ科-イヌガヤ科-ヒノキ科、スギ科とされており(安間ほか, 1990)、DAA/DTs比は主にマツ科の寄与を示すと考えられる。Sugiol/DTsとTotarol/DTsは同調して変動し、DAA/DTsは異なる変動を示した。最終氷期ではDAA/DTsが高い値をとり、Sugiol/DTsとTotarol/DTsは後氷期で上昇する傾向を示した。これらの傾向は、諏訪湖やその流域の霧ヶ峰高原での花粉組成の変動(安間ほか, 1990; Yoshida et al., 2016)と同調的な結果であり、後氷期の温暖湿潤化によって、マツ科主体の亜高山帯針葉樹林からスギ科、ヒノキ科主体の温帯針葉樹林へ変遷したのだと考えられる。一方、約17~15kaにおいて花粉組成変動とは異なり、一時的にマツ科の寄与(DAA/DTs)が減少、ヒノキ科の寄与(Sugiol/DTs)が増加した。これはハインリッヒイベント1に相当する時期であり、全球的な寒冷化イベントに対する植生の応答を示す可能性がある。
[引用文献]
安間ほか (1990) 地質学論集, 36, 179–194.
福地ほか(2023) Res. Org. Geochem. 39, 21–34.
Hatano et al. (2023) Palaeogeogr, Palaeoclimatol. Palaeoecol. 614, 111439.
Hatano et al. (2024) Geomorphol. 455, 109194.
Yoshida et al. (2016) Veg. Hist. Archaeobot. 25, 45–55.
[試料と方法] 本研究では2020年に諏訪湖の湖岸で採取された堆積物コア(コアST2020)を用いた。コアの年代はAMS14C年代測定により決定し、コアの最下部で約2.7万年前を示す。コア試料は1~2cm層厚で採取し、溶媒抽出成分をカラムで分画しGC-MS測定によりバイオマーカー分析を行った(福地ほか, 2023)。コアST2020では堆積学的な調査から、下位より氾濫原相(Floodplain)、沼沢相(Pond)、湖成相(Lacustrine)、デルタ相(Delta plain)が認定されており、堆積環境の大きな変化が推定される(Hatano et al., 2023)。
[結果と考察] 堆積物試料からは主に植物ワックスに由来する長鎖n-アルカン、植物テルペノイドとして裸子植物由来のジテルペノイド、被子植物由来のトリテルペノイドがおもに検出された。すべてのジテルペノイド濃度に対するスギオール(Sugiol/DTs)、トタロール(Totarol/DTs)、デヒドロアビエチン酸(DAA/DTs)の濃度の比を植生指標とした。スギオールとトタロールは主にマツ科以外のスギ科、ヒノキ科に由来する化合物であり、Sugiol/DTs比とTotarol/DTs比は針葉樹全体に対するスギ科、ヒノキ科の寄与を示す。DAAは多くの針葉樹によって合成されるが特にマツ科において卓越することに加え、諏訪湖では湖底堆積物の花粉分析によって主要な針葉樹植生がマツ科、イチイ科-イヌガヤ科-ヒノキ科、スギ科とされており(安間ほか, 1990)、DAA/DTs比は主にマツ科の寄与を示すと考えられる。Sugiol/DTsとTotarol/DTsは同調して変動し、DAA/DTsは異なる変動を示した。最終氷期ではDAA/DTsが高い値をとり、Sugiol/DTsとTotarol/DTsは後氷期で上昇する傾向を示した。これらの傾向は、諏訪湖やその流域の霧ヶ峰高原での花粉組成の変動(安間ほか, 1990; Yoshida et al., 2016)と同調的な結果であり、後氷期の温暖湿潤化によって、マツ科主体の亜高山帯針葉樹林からスギ科、ヒノキ科主体の温帯針葉樹林へ変遷したのだと考えられる。一方、約17~15kaにおいて花粉組成変動とは異なり、一時的にマツ科の寄与(DAA/DTs)が減少、ヒノキ科の寄与(Sugiol/DTs)が増加した。これはハインリッヒイベント1に相当する時期であり、全球的な寒冷化イベントに対する植生の応答を示す可能性がある。
[引用文献]
安間ほか (1990) 地質学論集, 36, 179–194.
福地ほか(2023) Res. Org. Geochem. 39, 21–34.
Hatano et al. (2023) Palaeogeogr, Palaeoclimatol. Palaeoecol. 614, 111439.
Hatano et al. (2024) Geomorphol. 455, 109194.
Yoshida et al. (2016) Veg. Hist. Archaeobot. 25, 45–55.
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