講演情報
[T14-O-8]東シナ海から琉球前弧までの海水中の溶存メタンの分布
*土岐 知弘1 (1. 琉球大学)
キーワード:
東シナ海、海水、水柱、メタン、濃度、分布
メタンは,二酸化炭素の21倍もの温室効果ガスであり,地球表層における物質循環の定量的な把握が極めて重要である1。大陸棚は大気に放出されるメタンの供給源として,極めて重要な役割を果たしていることが指摘されており2-4,東シナ海においても夏場に成層化した海水中に蓄えられたメタンが,冬場に発達する混合層によって大気に放出されるサイクルが報告されている5。この他にも,大陸棚や沖縄トラフにおいて,泥火山と推定される地形とガスチムニーが観測されており6,7,実際に大陸斜面上において冷湧水域と考えられるサイトが発見されており8,化学合成する大型生物も採取されている9。また,北部沖縄トラフでは,海底面に炭酸塩が露出している場所が見つかっており,かつての冷湧水活動が示唆されている10-12。また,これらのサイトの直上において,メタン濃度異常や,気泡の放出を示唆する音響異常が観測されており,現在でも活発な冷湧水活動が続いていると考えられている13。これらの冷湧水活動は,メタンハイドレートの崩壊とも関連があると考えられており11,12,最終氷期において起きた斜面崩壊と地球温暖化の原因とも考えられていることから12,現在の斜面崩壊及びメタンハイドレート崩壊の可能性と現状把握を目的として,東シナ海における沖縄トラフから陸側にかけて大陸斜面域及び大陸棚域において,また海側にかけて島棚域及び前弧域において,海水中のメタン濃度を調べ,メタンの分布と潜在的な供給源の推定を行った。
海水試料は,2011~2015年にかけて,5月の終わりから6月の頭にかけて長崎丸を用いて行われる乗船実習期間中に採取した。海水の採取にはニスキン採水器を用い,CTDセンサーを用いて,水温,圧力及び塩分を計測した。バイアル瓶に分取した海水は,直ちに飽和水銀溶液500 µLを添加して,微生物活動を固定し,ブチルゴム栓及びアルミキャップを用いて密栓した。バイアル瓶は,分析に供するまで冷蔵庫において保管した。測定は,採取してきた海水試料から,溶存ガスを抽出して,FIDを搭載したガスクロマトグラフ測定装置を用いて測定した。
温度と塩分の組み合わせからは,黒潮域,大陸斜面域,大陸棚域といった海域ごとの水塊が分布していることが見え,基本的には黒潮と大陸からの河川水が混合した大陸棚混合水をエンドメンバーとする水塊の混合で説明ができると考えられた。一方,メタン濃度を見ると,地質学的な特性が上乗せされた特徴を示した。大陸棚域の水塊には穏やかなメタン濃度の異常が見られ,海底堆積物の巻き上がり起源のメタンが多く含まれた水の影響を受けていることが示唆された。泥火山の直上で採取した海水は,活動度と泥火山の山頂からの距離に応じて,メタンの濃度がより大きく観測されることが示唆された。一方で,南部琉球弧で見つかっていない泥火山の端緒となるメタン濃度異常も確認された。海底熱水系の直上からは,その他の海域からは観測されないレベルのメタン濃度異常が観測され,メタンの供給源としてのポテンシャルの高さを示した。冷湧水域直上においても,メタン濃度の異常は観測されたが,海底熱水系の比ではない。冷湧水域には2年にわたって訪れたが,海底直上においてメタン濃度が高く観測される様子はいずれの年も観測され,冷湧水がある程度定常的にメタンを供給していることが示唆された。冷湧水域も含めた大陸斜面域から採取した鉛直分布では,100~200 mにおいてメタンの濃度異常が観測されることが多く見られ,大陸棚から巻き上がった海底堆積物が流れ込んでおり,メタンの供給源になっているのではないかと考えられた。大陸斜面域から採取した海水の鉛直分布は,メタン濃度が他の海域よりもバックグラウンドに比べて大きくばらついているように見える。このことは,大陸斜面域においては,大陸斜面から様々な深さにおいてメタンの供給がなされ,メタンの濃度をばらつかせているのではないかと考えられた。この他,琉球列島の島棚域における中層水においても,わずかなメタン濃度異常が検出され,周辺海底からメタンの湧出が起きている可能性が示唆された。
引用文献
1 Intergovernmental Panel on Climate Change. Climate Change 2007 - The Physical Science Basis: Working Group I Contribution to the Fourth Assessment Report of the IPCC. (Cambridge University Press, 2007).2 Bange, H. W. et al. Global Biogeochemical Cycles 8, 465-480 (1994).3 Bange, H. W. Estuarine, Coastal and Shelf Science 70, 361-374 (2006).4 Holmes, M. E. et al. Global Biogeochemical Cycles 14, 1-10 (2000).5 Tsurushima, N. et al. Journal of Oceanography 52, 221-233 (1996).6 Yin, P. et al. Marine Geology 194, 135-149 (2003).7 Xing, J. et al. Geological Journal 51, 203-208 (2016).8 Xu, C. et al. Ore Geology Reviews 129, 103909 (2021).9 Kuhara, T. et al. Venus : journal of the Malacological Society of Japan 72, 13-27 (2014).10 Peng, X. et al. Geochimica et Cosmochimica Acta 205, 1-13 (2017).11 Sun, Z. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 95, 37-53 (2015).12 Cao, H. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 155, 103165 (2020).13 Zhang, X. et al. Frontiers in Earth Science 8 (2020).
海水試料は,2011~2015年にかけて,5月の終わりから6月の頭にかけて長崎丸を用いて行われる乗船実習期間中に採取した。海水の採取にはニスキン採水器を用い,CTDセンサーを用いて,水温,圧力及び塩分を計測した。バイアル瓶に分取した海水は,直ちに飽和水銀溶液500 µLを添加して,微生物活動を固定し,ブチルゴム栓及びアルミキャップを用いて密栓した。バイアル瓶は,分析に供するまで冷蔵庫において保管した。測定は,採取してきた海水試料から,溶存ガスを抽出して,FIDを搭載したガスクロマトグラフ測定装置を用いて測定した。
温度と塩分の組み合わせからは,黒潮域,大陸斜面域,大陸棚域といった海域ごとの水塊が分布していることが見え,基本的には黒潮と大陸からの河川水が混合した大陸棚混合水をエンドメンバーとする水塊の混合で説明ができると考えられた。一方,メタン濃度を見ると,地質学的な特性が上乗せされた特徴を示した。大陸棚域の水塊には穏やかなメタン濃度の異常が見られ,海底堆積物の巻き上がり起源のメタンが多く含まれた水の影響を受けていることが示唆された。泥火山の直上で採取した海水は,活動度と泥火山の山頂からの距離に応じて,メタンの濃度がより大きく観測されることが示唆された。一方で,南部琉球弧で見つかっていない泥火山の端緒となるメタン濃度異常も確認された。海底熱水系の直上からは,その他の海域からは観測されないレベルのメタン濃度異常が観測され,メタンの供給源としてのポテンシャルの高さを示した。冷湧水域直上においても,メタン濃度の異常は観測されたが,海底熱水系の比ではない。冷湧水域には2年にわたって訪れたが,海底直上においてメタン濃度が高く観測される様子はいずれの年も観測され,冷湧水がある程度定常的にメタンを供給していることが示唆された。冷湧水域も含めた大陸斜面域から採取した鉛直分布では,100~200 mにおいてメタンの濃度異常が観測されることが多く見られ,大陸棚から巻き上がった海底堆積物が流れ込んでおり,メタンの供給源になっているのではないかと考えられた。大陸斜面域から採取した海水の鉛直分布は,メタン濃度が他の海域よりもバックグラウンドに比べて大きくばらついているように見える。このことは,大陸斜面域においては,大陸斜面から様々な深さにおいてメタンの供給がなされ,メタンの濃度をばらつかせているのではないかと考えられた。この他,琉球列島の島棚域における中層水においても,わずかなメタン濃度異常が検出され,周辺海底からメタンの湧出が起きている可能性が示唆された。
引用文献
1 Intergovernmental Panel on Climate Change. Climate Change 2007 - The Physical Science Basis: Working Group I Contribution to the Fourth Assessment Report of the IPCC. (Cambridge University Press, 2007).2 Bange, H. W. et al. Global Biogeochemical Cycles 8, 465-480 (1994).3 Bange, H. W. Estuarine, Coastal and Shelf Science 70, 361-374 (2006).4 Holmes, M. E. et al. Global Biogeochemical Cycles 14, 1-10 (2000).5 Tsurushima, N. et al. Journal of Oceanography 52, 221-233 (1996).6 Yin, P. et al. Marine Geology 194, 135-149 (2003).7 Xing, J. et al. Geological Journal 51, 203-208 (2016).8 Xu, C. et al. Ore Geology Reviews 129, 103909 (2021).9 Kuhara, T. et al. Venus : journal of the Malacological Society of Japan 72, 13-27 (2014).10 Peng, X. et al. Geochimica et Cosmochimica Acta 205, 1-13 (2017).11 Sun, Z. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 95, 37-53 (2015).12 Cao, H. et al. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 155, 103165 (2020).13 Zhang, X. et al. Frontiers in Earth Science 8 (2020).
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