講演情報
[T1-O-11]沈み込み帯プレート境界にかかる最大剪断応力の推定と沈み込み帯熱モデルの再検討: 後期白亜紀, 三波川沈み込み帯の例★「日本地質学会学生優秀発表賞」受賞★
*小山 雪乃丞1、ウォリス サイモン1、永冶 方敬2、青矢 睦月3 (1. 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻、2. 東京学芸大学 環境科学分野、3. 徳島大学大学院 社会産業理工学研究部)
キーワード:
石英、動的再結晶、応力、沈み込み、熱構造
沈み込み帯の熱構造はプレート境界の変成作用や流体の挙動等を支配する大事な要素である。また、沈み込み帯の熱構造モデルに関する研究は、プレート境界で発生する剪断熱が沈み込み帯の熱構造を大きく変化させる可能性を指摘しており、熱構造を解明する上で、剪断熱の理解は重要である。単位時間・単位プレート境界面積当たりの剪断熱発生量は、プレート境界にかかる最大剪断応力とプレート運動速度の積で近似的に評価される。そのうち最大剪断応力は、プレート境界の変形機構や歪速度等を仮定し、摩擦則や流動則を立式、計算することで推定されるが、実際のプレート境界の変形は複雑であり、仮定に起因する不確実性は取り除けない。よって、仮にこれらの仮定に依存しない独立した手法を用いて最大剪断応力が取得できれば、剪断熱の影響の評価に大きく貢献できる。そこで本研究では、沈み込みプレート境界から上昇し、現在地表に露出する岩体の変形組織から最大剪断応力を推定した。
西南日本に位置する三波川帯沈み込み型変成帯ではマントルウェッジ由来の蛇紋岩と海洋地殻由来の片岩が隣接し、過去の沈み込み境界が露出している。また、変成帯形成時のプレート運動速度やスラブの年代など、モデル構築に必要な情報が得られており、モデルを用いた沈み込み帯熱構造推定も行われている。そこで、本変成帯が広く露出する四国中央部の汗見川、別子、猿田川地域を対象とし、沈み込み帯の最大剪断応力分布を推定した。主要な造岩・変形鉱物である石英に着目し、偏光顕微鏡による観察結果とEBSD(電子後方散乱回折)により取得した結晶方位データを合わせ、動的再結晶過程を考慮した組織の分類と再結晶粒子の選別を行った。選別した再結晶粒子のc軸結晶方位分布に石英開口角温度計を適用して変形温度を推定し、先行研究による岩体のPTパスと合わせて岩体の変形深さ条件を推定した。さらに変形温度と再結晶粒子の粒径を応力計に代入し、岩体の受けた最大剪断応力を推定した。粒径の計算にあたり、平面歪の場合は切断方位の依存性を考慮してXZ面とYZ面の両方で測定し、また異種鉱物による粒成長阻害の影響を避けるために、石英のみの領域を選別した。さらに、組織の分類に応じて適切な応力計を適用した。
結果、粒径測定面や応力計の違いによる影響を含めても、深さ18–26 kmの領域では最大剪断応力が14–42 MPaの範囲に収まり、深さに依らずほぼ一定か、又は深さが増すにつれて僅かに(最大約1 MPa/kmの割合で)増加することが示された。また、最大剪断応力はプレート境界の走向方向にもほぼ一定であることが示された。この傾向はピーク変成時から岩体上昇の初期にかけて維持されていた可能性がある。一方で、最高変成温度と岩体の変形温度の差がより大きいサンプルは、変形深さ条件が12 km未満と浅く、最大剪断応力も38–73 MPaと高い値を示すことも判明した。これらは岩体の上昇が進み、沈み込み帯から離れた時点での変形と解釈し、後の議論では除外した。ほぼ石英のみから構成される岩体と、そうでない岩体が同程度の応力を記録することから、石英の記録した応力は概ね周囲の変形帯が受けた応力と一致すると考えられ、2相から構成される岩体の変形理論を基にした考察はこれを支持する。
Ishii and Wallis (2020) では三波川帯の岩体が記録したPTパスと整合的な沈み込み帯熱構造を、剪断熱を考慮した数値計算モデルで再現することにより、三波川沈み込み帯のプレート境界における見かけの摩擦係数(μ’)を0.13と見積もった。しかし、本研究で得られた最大剪断応力分布と整合的な熱構造を計算した場合、μ’は0.06程度と見積もられ、予測される熱構造は低温となり、PTパスと矛盾する。つまり、モデル計算の仮定に修正が必要な可能性がある。一方、England et al. (2024) では、三波川沈み込み帯と類似する特徴を持つトンガ沈み込み帯の観測結果から地震発生領域を深さ30㎞以浅とし、μ’を0.06として三波川沈み込み帯プレート境界の温度を計算している。得られた熱構造は岩体の温度圧力記録とも整合的であり、本研究結果をも支持する。本発表では、このように推定した最大剪断応力がIshii and Wallis (2020)と矛盾し、England et al. (2024)と整合的となる原因についても、両モデルの前提条件の違いという観点から議論する予定である。
引用文献
Ishii K. and Wallis S. R. (2020) EPSL, 531. doi:10.1016/j.epsl.2019.115935
England et al. (2024) G3, 25. doi:10.1029/2023GC011285
西南日本に位置する三波川帯沈み込み型変成帯ではマントルウェッジ由来の蛇紋岩と海洋地殻由来の片岩が隣接し、過去の沈み込み境界が露出している。また、変成帯形成時のプレート運動速度やスラブの年代など、モデル構築に必要な情報が得られており、モデルを用いた沈み込み帯熱構造推定も行われている。そこで、本変成帯が広く露出する四国中央部の汗見川、別子、猿田川地域を対象とし、沈み込み帯の最大剪断応力分布を推定した。主要な造岩・変形鉱物である石英に着目し、偏光顕微鏡による観察結果とEBSD(電子後方散乱回折)により取得した結晶方位データを合わせ、動的再結晶過程を考慮した組織の分類と再結晶粒子の選別を行った。選別した再結晶粒子のc軸結晶方位分布に石英開口角温度計を適用して変形温度を推定し、先行研究による岩体のPTパスと合わせて岩体の変形深さ条件を推定した。さらに変形温度と再結晶粒子の粒径を応力計に代入し、岩体の受けた最大剪断応力を推定した。粒径の計算にあたり、平面歪の場合は切断方位の依存性を考慮してXZ面とYZ面の両方で測定し、また異種鉱物による粒成長阻害の影響を避けるために、石英のみの領域を選別した。さらに、組織の分類に応じて適切な応力計を適用した。
結果、粒径測定面や応力計の違いによる影響を含めても、深さ18–26 kmの領域では最大剪断応力が14–42 MPaの範囲に収まり、深さに依らずほぼ一定か、又は深さが増すにつれて僅かに(最大約1 MPa/kmの割合で)増加することが示された。また、最大剪断応力はプレート境界の走向方向にもほぼ一定であることが示された。この傾向はピーク変成時から岩体上昇の初期にかけて維持されていた可能性がある。一方で、最高変成温度と岩体の変形温度の差がより大きいサンプルは、変形深さ条件が12 km未満と浅く、最大剪断応力も38–73 MPaと高い値を示すことも判明した。これらは岩体の上昇が進み、沈み込み帯から離れた時点での変形と解釈し、後の議論では除外した。ほぼ石英のみから構成される岩体と、そうでない岩体が同程度の応力を記録することから、石英の記録した応力は概ね周囲の変形帯が受けた応力と一致すると考えられ、2相から構成される岩体の変形理論を基にした考察はこれを支持する。
Ishii and Wallis (2020) では三波川帯の岩体が記録したPTパスと整合的な沈み込み帯熱構造を、剪断熱を考慮した数値計算モデルで再現することにより、三波川沈み込み帯のプレート境界における見かけの摩擦係数(μ’)を0.13と見積もった。しかし、本研究で得られた最大剪断応力分布と整合的な熱構造を計算した場合、μ’は0.06程度と見積もられ、予測される熱構造は低温となり、PTパスと矛盾する。つまり、モデル計算の仮定に修正が必要な可能性がある。一方、England et al. (2024) では、三波川沈み込み帯と類似する特徴を持つトンガ沈み込み帯の観測結果から地震発生領域を深さ30㎞以浅とし、μ’を0.06として三波川沈み込み帯プレート境界の温度を計算している。得られた熱構造は岩体の温度圧力記録とも整合的であり、本研究結果をも支持する。本発表では、このように推定した最大剪断応力がIshii and Wallis (2020)と矛盾し、England et al. (2024)と整合的となる原因についても、両モデルの前提条件の違いという観点から議論する予定である。
引用文献
Ishii K. and Wallis S. R. (2020) EPSL, 531. doi:10.1016/j.epsl.2019.115935
England et al. (2024) G3, 25. doi:10.1029/2023GC011285
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