講演情報

[T7-O-1][招待講演]九州北西部の始新世~中新世テクトニクス:炭田古第三系の再検討の必要性

*牛丸 健太郎1,2 (1. 京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻、2. 産業技術総合研究所地質調査総合センター)
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【ハイライト講演】始新世〜中新世は,日本列島にとって日本海拡大を含む重大な時期である.この発表では,地質図作成・古応力解析・古地磁気分析を行ない,九州北西部天草地域のこの時期の構造発達史をまとめる.特に,九州北西部は日本海拡大後の中期中新世に様々な伸長・短縮テクトニクスを経験したこと,天草の始新世堆積盆はグラーベンであることを指摘している.日本列島新生代テクトニクスの研究を新展開させる成果である.(ハイライト講演とは...)

キーワード:

天草、地質構造発達史

日本列島の陸上に分布する非付加体構成層としての古第三系は,厚い石炭を挟む特徴があることから炭田古第三系とよばれる.これらの地層はかつて石炭採掘のために盛んに研究されていたが[1],石炭産業の斜陽化に伴い1970年代以降は研究が停滞してしまっていた.古第三紀にはユーラシア大陸東縁で広域的なリフティング[2]や海嶺沈み込み[3]など様々なテクトニクスがあったとされるが,日本列島の古第三紀堆積盆からはテクトニクスの情報が十分読みだされていない.

九州北西部は炭田古第三系の代表的な分布域の1つである[4].この地域の古第三系の堆積年代は微化石[5–8]や放射年代測定[9–12]によって見直されつつあるものの,地質構造発達史に関しては1970年代までの学説が検証されていない.従来,九州北西部は始新世以降に次のようなテクトニクスを経験したと考えられてきた.すなわち,始新世における臼杵-八代構造線に沿ったプルアパート堆積盆の形成[13],始新世~漸新世におけるNW-SE方向のグラーベン(筑豊型構造)の形成[14],中新世初頭の日本海拡大による褶曲・逆断層(天草型構造)の形成[13,15]である.しかし,各地の断層や褶曲の形成時期が十分に制約されていなかった.

そこで鍵を握るのが,九州西部天草地域の始新統である.同地域の始新統は約3 kmと炭田古第三系の中でも特に厚く,さらに断層・褶曲で複雑に変形している[16].しかし,始新世以降の地質構造発達史が不明確であった.そこで,私はこれまで天草地域の地質構造発達史の解明に取り組んできた[17–21].特に,天草全域に分布する中新世火成岩類[22, 23]が断層・褶曲による変形を被っているか否か検討することで,地質構造の形成時期を制約することができた.その結果,以下の2点で既存の学説には大きな修正が必要であることが判明した.

まず,筑豊型・天草型構造はどちらも中期中新世の構造であることが分かった.すなわち,天草地域の中期中新世の貫入岩体が正断層と褶曲による変形を受けていることが明らかになった.始新統の地質図作成,中期中新世の珪長質貫入岩[20]の露頭観察・古応力解析・古地磁気分析を行なった結果,珪長質貫入岩が南北引張の応力場で形成された後[18],NW-SE方向の正断層によって切られ[19],その後褶曲を被った[21]ことが明らかとなった.九州北西部の他地域の地質構造を見ても,九州北西部は日本海拡大後の中期中新世に様々な伸長・短縮テクトニクスを経験したことが分かってきた.

また,天草の始新世堆積盆はグラーベンであると考えられることも分かった[20].上記の天草の中新世貫入岩の研究で新第三紀以降の変形履歴を取り除くことができたことで,天草地域で最も古い地質構造がNE-SW走向の正断層群であることが分かった.これに加えて,始新統の層厚・岩相の側方変化,および天草地域西方沖の始新世リフトの構造から,天草地域の始新統はNE-SW方向のハーフグラーベンを埋積したと考えられる.始新統の堆積年代[6, 11]によると,この伸長テクトニクスは約50 Ma頃に開始したと考えられ,海嶺沈み込みに伴うプレート運動変化を記録している可能性がある. 

今後は日本列島の古第三紀テクトニクスを知るためにも,炭田古第三系の構造地質学的研究が必要である.特に,暁新世および漸新世の広域不整合のテクトニックな意義,古第三紀における古地磁気回転を把握する必要があるだろう.

1, 園部, 1935, 地学雑, 47, 22–30; 2, Ren et al., 2002, Tectonophysics, 344 175–205; 3, Seton et al., 2015, Geophys. Res. Lett., 42, 1732–1740; 4, 長尾, 1926, 地学雑, 38, 115–130; 5, 斎藤ほか, 1984, 山形大学理学部, 137p; 6, Okada, 1992, J. Geol. Soc. Japan, 98, 509–528; 7, Yamaguchi et al., 2008, Paleontol. Res., 12, 223–236; 8, 井口, 2016, 地学雑, 125, 325–351; 9, 宮地・酒井, 1991, 地質雑, 97, 671–674; 10, 尾崎・濱崎, 1991, 地質雑, 97, 251–254; 11, Miyake et al., 2016, Paleontol. Res., 20, 301–311; 12, 宮田ほか, 2022, 地質雑, 126, 251–266; 13, 酒井, 1993, 地質学論集, 42, 183–201; 14, 松下, 1951, 九大理研報, 3, 49–54; 15, Ishikawa & Tagami, 1991, J. Geomag. Geoelectr., 43, 229–253; 16, 高井ほか, 1997, 天草炭田地質図説明書, 地質調査所; 17, 牛丸・山路, 2020, 地質雑, 126 631–638; 18, Ushimaru & Yamaji, 2022, JSG, 154, 104485; 19, Ushimaru & Yamaji, 2023, JSG, 173, 104894; 20, Ushimaru & Yamaji, 2024, Isl. Arc, 33, e12511; 21, Ushimaru et al., 2024, Isl. Arc, 33, e12528; 22, 永尾, 1992, 岩鉱, 87, 283–290; 23, Shinjoe et al., 2024, Isl. Arc, e12506.

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