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[T9-O-3]中部琉球弧における仏像構造線および安芸構造線の位置:奄美群島の例

*堤 之恭1、谷 健一郎1、山本 啓司2、磯﨑 行雄3 (1. 国立科学博物館地学研究部、2. 鹿児島大学大学院理工学研究科、3. 東京大学大学院総合文化研究科)
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キーワード:

奄美大島、徳之島、沖永良部島、砕屑性ジルコン、U-Pb年代

西南日本弧の帯状内部構造は琉球弧まで連続すると長くみなされてきた(小西, 1965; Kizaki, 1986; 磯﨑・西村, 1989など).北部琉球弧には四万十南帯が露出しており(桑水流・永津, 2007;斎藤ほか, 2007),同帯の北帯との境界にあたる安芸構造線(ATL)はその西側を通る.中部琉球弧の奄美群島には秩父帯,四万十北帯のみが露出するが,沖縄島には再び四万十南帯が現れる(中江ほか, 2010;斎藤ほか, 2009;竹内, 1994).南部琉球弧は四万十帯より大陸側に起源を持つジュラ紀付加体とペルム紀変成付加体のみからなる(磯﨑・西村, 1989).このように,仏像構造線(BTL)の通過位置は中部琉球弧で未確認であり,特に奄美群島でのATLおよびBTLの位置の解明が必要である.奄美大島の基盤は付加体(湯湾・名音・奄美コンプレックス)からなり(竹内, 1994),名音・奄美コンプレックスの砕屑性ジルコン年代スペクトルは,四国の四万十北帯の構造的上部(栩谷・日野谷・オソ谷ユニット;Hara et al., 2017)のものに対比される.BTLは同島の湯湾-名音コンプレックス間を通ると思われるが,その南隣の徳之島および沖永良部島に関してはデータが得られていない.
 本研究で徳之島および沖永良部島の付加体砂岩の砕屑性ジルコンU-Pb年代を測定した結果,徳之島北半の天城岳コンプレックス(山本ほか仮称)が四国の四万十北帯の上部に,一方,南半の尾母コンプレックス(同上)が同北帯下部(谷山・日和佐ユニット;Hara et al., 2017)に対比されることが判明した.これらの四万十北帯砂岩はいずれも2000-1800 Maの古期ジルコン粒子を含む点で共通する.これに対して,沖永良部島の付加体(根折層)砂岩は全く異なる年代スペクトルを持つ.前期白亜紀および三畳紀-ジュラ紀のピークが卓越する一方で,1粒子ながら始新世のジルコン粒子が確認されたため,その堆積年代は始新世(以降)で,四万十南帯に属すると考えられる.さらに新原生代を含む雑多なピークを持つ.
 以上より,BTLは徳之島の北西沖合を,またATLは徳之島-沖永良部島間の海域を通過すると考えられる.さらに南方の沖縄島や南琉球への連続性の確認のためは,沖永良部島南西の与論島の付加体の検証が,また四万十帯付加体砂岩の後背地の広域的な経時変化については,広大な東シナ海の海底基盤の地質を合わせて考察する必要がある.

Hara et al. (2017) Island Arc 26, e12218.; 磯﨑・西村(1989)地質学論集 33, 259-275.; Kizaki (1986) Tectonophysics 125, 193-207.; 小西(1965)地質学雑誌 71, 437-457.; 桑水流・永津(2007)鹿児島県博研報 26, 1-11.; 中江ほか(2010)20万分1地質図「与論島及び那覇」; 斎藤ほか(2007)地雑 113, 266-269.; 斎藤ほか(2009) 20万分1地質図「徳之島」.; 竹内(1994) 20万分1地質図「奄美大島」.

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