講演情報

[T3-O-20]「景観」評価のための新しいアプローチ ― 世界文化遺産登録を目指す「阿蘇」での試み ―

*早坂 竜児1、門田 寛1、新開 美穂1、熊本県 文化企画・世界遺産推進課 (1. 株式会社パスコ)
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キーワード:

阿蘇、世界文化遺産、景観、火山地形、土地被覆、可視領域、景観構成要素

本年4月30日,熊本県は阿蘇の世界文化遺産登録へ向け国に提案書の改訂版を「阿蘇の文化的景観―カルデラ火山に展開した農業パノラマ」として提出した.“景観”は感覚的にとらえやすく,①環境の総合指標,②一目瞭然,③誰もが議論に参加できる,④背景からさらに奥深い理解が可能,とされる(西村,2013)一方,主観的で,客観的な評価指標を設定し判断することが難しい.環境影響評価では既に価値化された視点で事業を前提とした影響の程度が議論されるが,計画段階の“地域の在り方”を決定する手続きでは,地域或いは地点そのものの景観の価値判断が出来る客観的な手法が望まれる.
既往事例に塩田ほか(1967)が挙げられる.これは,特定の視点場と視対象を設定したアプローチではなく,対象地域全体を1kmメッシュに分割し,景観に係る属性情報を手入力し解析している.今日の技術では,これをコンピューター上でGISを用いてより精細な解析を行うことが出来る.
「阿蘇」の価値(OUV;顕著な普遍的価値)は“世界最大級の規模と明瞭な円形陥没地形を備える迫力ある景観の火山カルデラのもとで,その地形条件を有効に利用しながら草地に特徴のある伝統的農業を維持し高い生産性をあげてきた人々の努力が作り上げた文化的景観”と定義されている.これを踏まえ,GISで取り扱いしやすい大景観スケールを対象に,OUVの基盤である「火山地形」と,人の生業・生活と自然との関与で形成されたものとして「土地利用(土地被覆)」を取り扱った.
謝辞:阿蘇世界文化遺産学術委員会 保存管理専門部会の西山委員・麻生委員・高橋委員・大森委員には終始懇切なご指導を頂いた。東京農業大学荒井教授には既往事例をご紹介いただきご助言を頂いた。
1.“優れた視点場”(=可視領域の広さ)の抽出と,具体的な視点場の評価
方法:阿蘇7市町村を含む範囲に8分の1地域メッシュ(6次メッシュ:約125m)を生成し,各メッシュの中心点を各視点場(126,688点)として設定して可視領域を計算した.抽出に用いたデータは国土地理院10mメッシュ標高である.
結果:可視領域の広いメッシュ上位10%を示すと,概ね標高が高い尾根部または斜面に集中する.これにOUVを説明するために別途設定された視点場17地点を重ねるとほぼ一致し,視点場選定の妥当性を裏付けた.またこれら視点場17地点からの可視領域を合成すると,阿蘇市北西部・高森町・西原村等に視認できないエリアがある他は概ね全域が網羅されている.
2.OUVを説明するための17視点場(及び各景観区分)の景観特性分析
方法:「火山地形」と「土地利用(土地被覆)」について,各視点場の可視領域の中で占める面積を集計した.「火山地形」は産総研シームレス地質図を基に,外輪山の内側は「中央火口丘」と「カルデラ床」・「カルデラ壁」に区分し,カルデラの外側は一括して「外輪山上」として整理した.「土地利用(土地被覆)」は環境省現存植生図等を基に「草原」・「森林」・「集落」・「農地」等に整理した.さらに,距離及び対象物の大きさによる効果を考慮し,視認されやすさ/にくさを補正した.
結果:視点場ごとに可視領域に含まれる各要素の量(面積)を集計すると,視点場の位置する地域の景観特性をよく反映した分析結果となった.例えば「大観峰」では比較的広くかつ均等に見える傾向があり,「押戸石の丘」では可視領域は比較的大きいが視認可能な景観構成要素は限定的であることなどである.
3.意義
可視領域内の景観構成要素の分析を行うことで,各視点場及び地域の景観特性を客観的に定義できる可能性を得た.今後遺産影響評価を試行していくにあたり,“ベースライン”の科学的理解に繋がるもので,UNESCO(2022)が提示するガイダンスに則った遺産影響評価での活用が期待される.
4.文献
西村幸夫,2013,景観まちづくり建築専門家育成のための景観まちづくり講座(講義)テキスト,一般社団法人住まい・まちづくり担い手支援機構,8-11.塩田敏志ほか,1967,造園研究資料6612,新造園家集団,72p.UNESCO,2022(文化庁仮訳,2023),世界遺産の文脈における影響評価のためのガイダンス及びツールキット.87p.

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