講演情報

[T3-O-22]変動帯の文化地質学

*鈴木 寿志1 (1. 大谷大学)
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キーワード:

文化、変動帯、安定大陸、地質多様性

科学研究費助成事業・基盤研究B「変動帯の文化地質学」(課題番号 17H02008)が,平成29年度(2017年度)〜平成32年度(令和2・2020年度;令和4年度まで延長)に実施された。この科研費研究の成果ならびにそれ以外の成果も加えた書籍『変動帯の文化地質学』が京都大学学術出版会から出版された。この出版に際しては,科学研究費助成事業・学術成果公開促進費(学術図書)(課題番号 23HP5183)の助成を受けた。この本では,総勢29名の執筆者が5部31章,557ページを担当し,地質学に加えて歴史学・仏教学・造園学・文学・教育学・地理学などに関する,極めて学際性の高い論考を展開した。本講演では科研費研究ならびにこの書籍での執筆内容に基づき,変動帯の文化特性を安定大陸と比較しながら明らかにしていきたい。
 日本列島は現在変動帯に位置しているが,ペルム紀以降の付加体が年代的にほぼ途切れることなく分布することを鑑みると,常に変動帯であったとみることができる。変動帯,すなわちプレート収束域には付加体が形成され,遠洋性の堆積物と陸原・浅海の堆積物が混在することとなる。チャート,石灰岩,緑色岩,粘土岩,泥岩,砂岩,礫岩といった岩石が狭い範囲に出現する。付加体の一部は地下深部に達し,低温高圧型変成岩へと変化した。海洋プレートの沈み込みは,マントル上部に水分を供給しマグマを発生させた。マグマは地下深部ではゆっくりと固結し花崗岩底盤をなし,日本列島に広く分布するようになった。花崗岩マグマ周辺の岩石は高温低圧型変成作用を被った。一方で地表へ達したマグマは火山として噴火し,熔岩,火山砕屑岩を生み出した。マグマの熱は浅海堆積層の続成作用を進め,硬い堆積岩を形成した。このようにみると,狭い日本の国土にあらゆる種類の岩石が分布することがわかる。
 これを大陸の卓状地と比較してみよう。なだらかな平原からなる大陸卓状地では,ほぼ水平な地層が重なり合っている。丘陵地では複数の層準が観察されるが,平地表層は基本的に同じ層準の地層が続く事になる。先カンブリア時代の岩石が分布する剛塊においても,緑色岩や花崗岩・片麻岩といった岩石が広範囲に分布しており,多様性に乏しい。
 このように比較すると,日本列島は変動帯ゆえに地質多様性が極めて高い大地を構成し,一方の安定大陸では単一の岩相が地域の大地をなすことがわかる。
 『風土 人間学的考察』を著した哲学者の和辻哲郎は,世界の風土を気候特性から3つに分類した。東・南アジアの「モンスーン」,アラビアの「沙漠」,ヨーロッパの「牧場」である。和辻によれば,日本列島を含む「モンスーン」の風土では,大雨・暴風・洪水・旱魃といった自然の暴威が,人間の対抗できない大きな力となって降り注ぎ,受容的・忍従的精神文化を生み出したという。一方でヨーロッパの「牧場」の風土は変化が少なく従順であり,理解しやすい自然から科学の法則が発見されたとする。 この和辻の考察では,もちろん地質は出てこないが,改めて地質分布について考えてみると,同じようなことが言えるのではないだろうか。すなわち,日本列島のような「変動帯」においては,地質の多様性が高く,狭い範囲にあらゆる種類の岩石が分布する。一方でヨーロッパの「安定大陸」においては,地層の積み重なりが単純明解で,地球の歴史を編年する層序学が発達し,地質学の基礎を生み出した。地質多様性の高い日本列島では,大きな石材が採掘できないという現状を受容しつつ,土石流が運んだ花崗岩岩塊や新成系凝灰岩層を石材として選択的に用いるなど,巧みに石質を見分けて石材を利用した(先山,2016;高橋・赤司,2022)。日本における多種多様な岩石の存在は,自然のあらゆるものに精霊が宿るアニミズム的岩石信仰の源となったであろう。火山岩が生み出した独特な地形は,山寺の雲型浸食のように,また国東半島の山岳霊場のように,俳句の題材となり,修験道の霊場となった。
 一方で石造建築物が多いヨーロッパの街では,採石される石材の多様性が低く単一的であることから,岩石の色が街の景色を統一的に彩り,均整のとれた街並みを生み出した。たとえば,ドイツ中部の都市ハイデルベルクでは,三畳系下部統の赤色砂岩の石材で城が作られており,重厚な雰囲気を醸し出している。またドイツ南部のホーエンツォーレルン城はジュラ系上部統のWeißjuraの丘の上に建てられており,白い石灰岩の石材で統一されている。ヨーロッパの街並みの美は,安定大陸の地質の単一性に起因するとみられる。
引用文献 先山 徹(2016):兵庫県南部六甲山地の花崗岩と災害文化。号外地球,66号,30–39。高橋直樹・赤司卓也(2022):北関東地方における石材の採石・利用状況。地球惑星科学連合大会2022年大会,MZZ52-P04。

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